おはようございます。
こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。
本日のテーマは『生きてる意味がわからない中学生へ』。
生きてる意味がない。
今の世の中、そんなふうに感じてる中学生が多いような感じがする。
全体的になんか楽しくなさげ。
「生きてる意味」とか考えたところで答えなんか出てこないけどね。
「生きててよかったー!」って思える瞬間があればそれだけでじゅうぶんなんだけども。
深く考えれば考えるほど闇にハマっていく。
でも結局この世はいつもシンプルなもので。
楽しんだもん勝ち。
大きなお世話とだとは思う。
何様やねん
って言われても仕方ないと思う。
自分が中学生の時にこんなことを言ってるおっさんがいたら「なんやねんこのおっさん…」って思ってるかもしれない。
だからこういうところにコッソリ書いてる。
興味がなかったら今すぐ閉じてもろて。
40超えたおっさんの戯言(ざれごと)に興味があったらこのまま読み進めてもろて。
瞬間的に生きてる意味があるのはよくある
最近の中学生をみてると、ホントにやる気が感じられなくて将来がものすごく心配になる。
でも楽しそうな時もある。
たとえば友達同士でギャーギャー騒いでる時とか。
女の子と遊んでる時とか、セックスしてる時なんかはたぶんすげー楽しいだろうし。
そういう瞬間的な生きる喜びみたいなものはたくさんあるだろう。
若いって素晴らしいなぁ…なんておっさん地味たセリフが頭を駆け巡る。
仕方ない。
おっさんなんだから。
そういうのもすごく大事だと思う。
ふざけて調子に乗ってバカやって、そんでもって怒られる。
怒られた後に友達同士で愚痴を言い合う。
中学生なんてそれでいい、とも思う。
一方で、それだけだと将来大丈夫なんかな?
って不安に駆り立てられる。
極論、べつに他人の人生なんだからそいつのやりたいように生きればそれでいいんだけども。
でもこのままだと確実に腐っていってしまうのが目に見えてるから、こんな大きなお世話なことを言ってるんだ、おっさんは。
高校行ったり大学行ったりすれば、そこで人生が変わるような出会いとかがあるかもしれない。
単純に僕が焦ってるだけかもしれない。
でもそういうのは早ければ早い方が絶対にいい。
人生はあっという間だ。
ボーっとしてたらいつの間にか取り返しのつかないことになってることだってある。
そんな大人はたくさんいる。
その気持ちを継続できるか?
瞬間的に楽しいことがあるのは素晴らしいことだ。
それすらない人も世の中にはいるから。
毎日を生きることに精一杯で、そんな"生きる意味"とか考える余裕なんかない。
それに比べたら全然いいとは思う。
じゃーその楽しい気持ちをずっと継続できるのか?っていうとたぶんそうでもない。
友達とふざけて騒ぐのなんかずっと続けれるわけがない。
今だけだそんなのは。
今だってずっと楽しいわけじゃない。
授業もある。家でオカンにゴチャゴチャ言われたりもする。家でひとりでベッドに入ってる時はひとりでいろいろ考えて落ちるときだってある。そんな時は楽しくなんてないだろう。
それだけじゃない。
ボーっとしてたらすぐに高校受験だなんだと現実が押し寄せてくる。
その次は大学受験、就職、結婚、出産、子育て、いろんなことが目白押しだ、人生は。
セックスだって一瞬だ。
ものの5分で終わることもある。
その後にとてつもない虚無感に襲われたりもする。
中学生なんてサルだから何回戦もできるけど、ずーっとベッドでモゾモゾしてるわけにはいかないだろう。
ごはん食べないとダメだし。
学校もあるし。
友達と遊んだりとかもあるだろうし。
しょせんそんな楽しみは一瞬だけだ。
どこかで必ず「シュン…」ってなる。
今は友達と遊ぶだの、セックスだのを例え話にしたけど、他のことでもだいたいそう。
継続できるものじゃないから、落ち込んだりべつに楽しいわけではない時間の方が圧倒的に多くなる。
1日24時間のうち、楽しい瞬間があってもせいぜい1時間もないと思う。
多くても2〜3時間程度。
じゃあ他の20時間ぐらいはどうする?
オカンにガミガミ言われたり、学校で先生にクドクド言われたり、クソおもんない塾に行ったり、楽しいことなんか何もないじゃないか。
それでいいのか?
一生かけてでもやりたいことをみつけろ
ここからが本題。
僕は今、40超えたおっさんだけれども、人生が楽しくて仕方がない。
もし僕が生きてる意味を聞かれたら。
ドキドキするため。ワクワクするため。
一生そのドキドキだったりワクワクを追い続けたい。
だから楽しい。
頭の中は常にそのことでいっぱいで、どうしたらドキドキできるか?どうしたらワクワクするか?
24時間ずーっと考えてる。
人間は「楽しい」とか「嬉しい」とかの感情に向かってだったら生きる活力みたいなものが生まれる。
もちろん楽しいことだけじゃない。
面白くないこともある。ツラいこともある。しんどいこともある。
だけどそれに対して「なんでこんなツラい思いしなあかんねん?」とかは思ったことがない。
面白くないこと、ツラいこと、しんどいこと。
全部ドキドキするための布石だ。
ワクワクするための準備運動だ。
乗り越えた時の充実感は他の何物にも代えがたいものがある。
面白くないこと、ツライこと、しんどいことなんか一瞬で消え去るような感情に包まれる。
だから生きてる意味を聞かれたら「ドキドキすること、ワクワクすることをずーっと追いかけ続けたい」と答える。
すごく漠然としてはいるけど、その欲求があるから僕は見た目も若く保ててる。
僕と同じようにドキドキやワクワクを求める人もいて、その人も人生楽しそうだし、見た目もすごく若々しい。
具体的にどうすればいいのか?
一生かけてでもやりたいことなんてねーよ!
っていう声が聞こえてきそうだけど、そんなもんはテメェでみつけるもんだ。
甘ったれんじゃねぇ。
自分から探しにいくんだよ。
誰かにやれって言われたことをやったところで一生続くわけがない。
たとえばピアノとか。小さい頃に親にやらされてとかで始めたピアノが小学校高学年とか中学校になったらイヤでイヤでしかたなくて大人になったら辞めてた、なんて話はよく聞く。
中にはそこからピアニストになったりする人もいるけど、そんなの10000人にひとりぐらいじゃないかな。
可能性はすごく低い。
自分で「これは面白い!」って、胸がワクワクドキドキすることじゃないとムリだ。
僕で言うと、それが「音楽」と「絵画」かな。
音楽を作ることは一生やろうと思えばできる。
絵を描くことも、一生やろうと思えばできる。
ただ、絵は高齢になって手が震えてきたりしたらちょっとできないな、とも思う。
でも音楽は手が震えてようが、耳が健康であれば作ることはできる。
音楽は始めたきっかけこそ友達に誘われてだったけど、その過程でどんどん深みにハマっていって自分なりに研究したりしてたら一応音楽でお金がもらえるぐらいにはなった。
音楽には正解がない。
一瞬だけ「これは素晴らしいものができた!」ってテンションがMAXになる瞬間はある。
でもその5秒後にはもう「どうしたらもっと良くなるかな?」って考えてる。
いつまで経ってもゴールにたどり着くことなんかない。
いや、ゴールなんかない。
でも。だから面白い。
一生かけてやる価値はある。
その自分の作った曲がこの世界を回り回って誰か他の人を幸せな気持ちにしたり、楽しい気持ちにしたり、時には悲しい気持ちにしたり。
そんなことを考えたらニヤニヤして顔がとろけそうだ。
絵も同じ。
正解はない。
ずーっともっといい絵を描きたいっていう欲がどんどんあふれ出てくる。
こども食堂をやってるのも似たようなもの。
こどもはいつ何時、何をしてくるか予想がつかない。
いつの間にか「アレ?こいつこんなにカッコよかったっけ?」みたいな時もあって、その時は妙に嬉しかったりする。
ワクワクする。
僕の場合はそんな感じ。
常にワクワクやドキドキを追いかけてる。
それが生きる意味だ。
さて。
キミはどうする?
ご清聴ありがとうございました。



コメント