おはようございます。
こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。
本日のテーマは『こどもに親の愛情が伝わるのにはものすごく時間がかかる』。
人に愛されてるのか否か。
愛は伝わってるのか否か。
愛。
それはたぶんワレワレ人類の永遠のテーマである。
愛。それは人それぞれ、10人いれば10通りの解釈がある。
僕の解釈は、時間が経つにつれて少しずつ味わい深いものになっていくもの。
噛めば噛むほど味が出てくるスルメイカのように。
僕はスルメイカ食べれないんだけれども。
そしてその味は大人にならないと理解できないものだったりする。#こどもでもスルメイカ好きはいる
親からの愛情は余計に大人にならないとわからなかったりする。
ヘタすると大人になってもわからないままだったりする。
そんなお話。
愛情は伝わるのに時間がかかる

愛情というのは伝わるのにものすごく時間がかかるもの。
なぜに?
それは、人は疑う心を持ってるから。
大人になればなるほど。
たとえば。
他の人が自分のために何かをしてくれた時。
いろんな経験をしてればしてるほど、その行動が何のためなのか?を考える。
「何か裏があるんじゃなかろうか?」とか。
まず疑いの目を持ってかかるのが大人だ。
でもそれが何回も何回も重なっていくと、やがて疑いの心は晴れていき、
「この人はホントに自分のことを思ってくれてるんだ」
ということを少しずつ理解できるようになっていく。
大人はいろんな経験をしてるから、その気持ちがちゃんと伝わるまでにある程度時間がかかる。
じゃあこどもは?というと。
こどもは疑うことなんか知らない。
でもそれは赤ちゃん〜3歳ぐらいまで。
それぐらいの年齢では物心もついておらず、記憶もほぼない。
親の愛情をスポンジのように吸収していく。
2、3歳ぐらいで自我が出てくると、自分の思い通りにならない時に駄々をこねたりする。
すると親は怒ってこどもは嫌な思いをし、泣かされたりする。
そこから疑いの心を持つようになっていく。
「また怒られるんじゃなかろうか?」とか。
「また傷つけられるんじゃなかろうか?」とか。
なので、仮に嫌な思いをすることなく育ったとしたら、一瞬で愛情は伝わるんだろうなーとか思ったりもするけど、まーそんなヤツいねーだろう。
人は疑う心があるから愛情が伝わるのに時間がかかる。
見返りを求めたら愛じゃない?
愛情っていうものは形もなく、定義もない。
言葉でいくら「愛してる」とか言っても、そんなもん何とでも言えるので、もはやただの自己満でしかない。
見返りを求めないのが愛だ、という人もいる。
ホントにそうか?
見返りが何なのか?にもよるんじゃなかろうか。
僕自身は、虎吉でこどもに何かをする時に見返りは求めてる。
喜ぶ姿がみたいのだ。
たとえばごはんを作った時。
「うまっ!!!」とか言いながら貪り食ってたり。
「美味いか?」と聞いたらニヤニヤしながら「うん!」とか言ってくれたりしたら、それだけで「作ってよかった」と嬉しくなる。
それだけでいい。
別に「食わせたんだから何かをしてくれ」なんて1ミリも思わない。
その子がそのごはんひとつで幸せな気持ちになれるなら、それでいい。
ただ。そこには「本気度」というものが必須。
その場を取り繕うためにテキトーに「オイシカッタデス」とか言われてもそれは何も嬉しくない。
その子が本気かどうかぐらいはわかる人間でありたい。
あ。もうひとつあった。
その時の幸せな気持ちをずっと持ち続けてくれて、将来大人になった時、自分の稼いだお金でチケットを買ってくれたりしたらすげー嬉しいな。
嬉しくて泣いちゃう。
それは求めちゃうかもしれない。
そんなことはこどもたちには口が裂けても言わないけど。
なんなら別にそんなことしてくれなくてもいいんだけども。
中には中学生でお小遣いが少ないのに、その中からなけなしのお金を寄付をしてくれたり、お手伝いをしてくれたりする子もいる。
たぶん向こうもそれによって"何かくれ"なんて思ってない。
僕と同じで「ただただ喜ぶ顔がみたい」という気持ちだけでやってくれてるんだろうな、と思う。
そういう時に「あ、ちゃんと伝わってるな」と胸がホンワカする。
それが愛情が伝わった瞬間だ。
#もしかしたら
#それすら
#打算の可能性もある
#信じる心大事
逆に。
こどもが「〇〇するからコーラちょうだい」とか言ってきたりすることもある。
それは愛情でも何でもなく、自分のことしか考えてないただの打算だ。
そういうのはこどもだから全然いい。何も気にならない。
そんなもんだ。
でも中には自分のことしか考えてない親もいて、そういう親はこどもに対して「自己中な見返り」を求める。
「誰のおかげでメシが食えてると思ってんだ!」とか「息子が医者になれたのは自分のおかげだ」とか言う父親とかね。
そんなもんは愛情でも何でもねぇ。
愛が伝わった瞬間号泣した
この歳になって。
こどもがある程度成長した段階で。
じいちゃんの愛情が骨身に染みて涙がボロボロ出てきた。
原チャリで走りながら。
じいちゃんは僕に対して怒ったことがなく、ただただ温かく見守ってくれていた。
そんなじいちゃんが大好きだった。
僕は幼少期、毎日オネショをしていて、毎日理不尽に親に怒られていた。

ある時、じいちゃんの家に家族で泊まりに行った時、僕はじいちゃんが大好きなのでじいちゃんと一緒に寝た。
すると翌朝、いつも通りオネショをしてフトンをビチャビチャにしてしまった。
僕は「怒られる…」と凹んでいた。
だけどじいちゃんは全然怒ることなく、笑っていた。
親に対しては、毎日理不尽に怒られてたから恐怖しかなかったけど、じいちゃんは僕が何をしても怒らない。
「〇〇買って〜」とおもちゃをせびっても「おぉ、買いに行こう」とふたつ返事。
僕はひたすらじいちゃんに甘えてた。
小3の時に発売されたゲームボーイが欲しかった僕は、親にねだってみた。
その2年前ぐらいにファミコンをねだった時も頑として買ってくれなかったから、絶対買ってくれないだろうな、ということはわかっていながらも。
微かな希望を胸に秘めて。
結果は予想通り瞬殺で撃沈。
僕はじいちゃんにハガキを送った。
「親が買ってくれないのでゲームボーイを買ってください。だいすけより。」とだけ書いて。
今考えたら自分のことながら「なんちゅークソガキや」と思うけど、裏を返せばそれだけじいちゃんには甘えれてたんだな、ということと、それだけ親に対して不信感しかなかったんだな、ともとれる。
そんな感じのまま時は流れて。
高校生になった時、僕はじいちゃんの家にひとりで行った。
鳥取までスーパーはくとに乗って。
その時親には「ちゃんとお手伝いをするように」と言われていたけど、僕はお手伝いも何もすることなく、ただただひたすらゴロゴロしていた。
今考えると、自分のことながら「なんちゅークソガキや…」とうなだれるけど、それでもじいちゃんは怒ることなく、ただただひたすら笑ってた。
そんな僕も高校を卒業後、ひとり暮らしを始めて少しだけ大人になり「じいちゃんに少しでもなんか喜ぶことをしたい」と思った僕は、免許を取って車を運転できるようになった時、じいちゃんを助手席に乗せて近所をドライブした。
じいちゃんは嬉しそうに笑ってた。
近所には古墳があって、その古墳の敷地内にじいちゃんの名前が刻まれた石があった。
それをじいちゃんは自慢げに嬉しそうに話してくれた。
少しはジジ孝行できたかな、と胸がホッコリしたステキな時間だった。
じいちゃんをドライブに連れて行った後、程なくしてガンを患った。
それからはどんどん体は衰えて元気がなくなっていったので、最初で最後のドライブになってしまった。
僕が21歳の時、じいちゃんは亡くなった。
あれから20余年。
ふとじいちゃんが僕にしてくれたことを思い出した。
僕はじいちゃんからもらった愛情に応えることができたんだろうか?
何にもできてないんじゃないだろうか?
ワガママばっかり言って、自分のことしか考えてなくて。
それでもじいちゃんはいつも僕を怒ることなく温かく笑顔で見守ってくれてた。
死ぬまでずっと僕のことを気にかけてくれていた。
それがどれほど大変なことなのか。よっぽど愛情が深くないとできないことだな、っていうことが親の立場になったからこそわかる。
20年以上経って、じいちゃんの愛情の深さに気づいたら涙がボロボロ出てきて嗚咽しそうだった。
もう死んじゃったから直接何かすることはできない。
でもじいちゃんが僕の中に残してくれたものはこれからいろんな人に伝えていきたい。
そしたらじいちゃんはあっちで喜んでくれるかな。
これが愛情がちゃんと伝わった瞬間。
もっと歳を重ねたらもっと、より深くじいちゃんの愛情を理解できるのかもしれない。
それはまだわからない。
僕の場合は「親」じゃなくてじいちゃんだったけど、この話は親子でも通ずる話だと思う。
親の愛情は間違いなくあったんだろうけど、僕はまだそれを理解できていない。
いつか理解できる時が来るのかしら。

ご清聴ありがとうございました。



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