おはようございます。
こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。
本日のテーマは『どうして中学生たちはタカってしまうのか』。
世の中には自分は何もせず、人に与えてもらおうとばかりする、いわゆる「テイカー」という人種が存在する。
ギブアンドテイクのテイクばっかり求める人。
あんまり印象はよろしくない「テイカー」。
虎吉に来る中学生はどういうわけか「テイカー」になってしまう。
どうして彼らはそんなことになってしまったのだろう。
そんなお話。
中学生にタカられる虎吉
虎吉はよくこどもたちにタカられる。
ジュースやお菓子、通常メニューを欲しがってくる。
僕がおやつにお菓子を食べようもんなら格好の餌食である。
「おれもそれちょうだい」と。
キミたちにはすでに無料で食事を提供しているではないか…と思うんだけど、それはまるでなかったことのように彼らは振る舞う。
なんでやねん。笑
彼らの中には「食べさせてもらっている」という感覚なんかない。
おそらく家でごはんを食べるような感覚になってるんだろう。
家で親にごはんを作ってもらって、食べた後にまだ食べ足りないなぁ…ってなったら、言えばお菓子やらが出てくる…みたいな。
それなら合点がいく。
それはそれで嬉しいことでもある。
リラックスできている、という何よりの証だ。
ただ。
ここは家じゃない。
こども食堂であり、そして居酒屋でもある。
いろんな人が来る。
大人もこどもも。
そしてお店だからお店の人もいる。
そんな、いろんな人が来る中で自分だけ好き勝手してるヤツがいたらどうだ?
なんか変だと思わないかい?
思わないならそれでもいい。
店主にブチギレられるだけだ。
居心地のいい場所ではなくなるだけだ。
それでいいなら好き勝手してくれ。
みんなが使う場所だから、みんなが気持ちよくなるようにしないとその場所が保てなくなる。
これが小学生ならまだ百歩譲って許せる。
そういうことをこれから学んでいけばいい。
でも中学生にもなったらそれぐらい考えれるようになれよ。
実際そういうことを考えてるヤツもいるんだよ。
そいつとしゃべってる方がワクワクするんだよ。
タカるようなヤツと話してても何も楽しくないんだよ。
彼らはなぜ「タカる」のか?その①
なぜ彼らはそんな「タカる」ような人間になってしまったのか?
その原因のひとつは「自分がない」こと。
タカるようなヤツとそうでないヤツとでは、ココがハッキリ分かれている。
タカるようなヤツには「自分」というものがなく、どこかフラフラしてる。
やりたいことがない。
情熱を傾けるものがない。
将来どうなりたいとかもない。
中学生にそれを求めるのは酷なことなのか?
僕はそうは思わない。
これだけ情報があふれてる世の中だ。
インターネットで「これは…!」っていうやつに出会える可能性はいくらでもある。
それを自ら動いて探そうとするかどうか、だ。
僕がこどもの時は情報が何もなかった。
あるものと言えばテレビとかラジオ、雑誌ぐらい。
調べるなら自分で堀りに行かないと何も情報は取れなかった時代。
そんな中、夢中になったのは「虫」「絵」「バスケットボール」「音楽」。
虫と絵はたまたま物心ついた時から好きだった。
バスケットボールはたまたま父親が元バスケ選手だったこともあり、家でNBAをみる環境があった。
音楽はたまたま友達が「バンドやろうぜ」と声をかけてくれた。
全部たまたまだ。
たまたまだったけど、それを実際に行動に移せたのは、親が自由にやらせてくれたからだと思う。
僕の親は野球はやらせてくれなかったし、ファミコンも買ってくれなかったけど、バスケと音楽に関してはなぜか好き放題やらせてくれた。
あと虫と絵も好き放題だった。
それはすごくラッキーだった。
親が我が子にに自由にさせる余裕があったこと。
でも中学生たちの親は、我が子に自由にさせる余裕がないんじゃないか?と推測する。
それも小さい頃から。
僕は小さい頃からわりと好奇心が旺盛で興味があるものはなんでもやってみたかった。
そして親がそれを許してくれた。
虫も絵も。
許してくれなかったものもあるけど、小さい頃は超絶自由にできた感はある。
でも今の中学生たちは小さい頃からいろいろ制限をかけられてたんじゃないかなーと勝手に想像。
それが積み重なって好奇心が自動的に抑え込まれるように育ってしまったんじゃないか、と。
そう考えると合点がいく。
要するに親の責任ってコトだな。
僕が親ならそう思う。
我が子がそんなフラフラしてる状態なのだとしたら、僕が自由にさせてやらなかったからそんなふうになってしまったんだ、と。
親の愛情不足
いろいろ制限をかけられてたっていうことは、親の自己都合でしかなくて、こどものことなんか全然考えてないということ。
自分がその立場だったら…ってことを考えられていない。
こどもからしたらそんなもん窮屈でしかなくて、生きにくくてしかたない。
こどもは伸び伸び育てるのがいちばんいい。
そういう意味では僕はまだ救われた方だと思う。
今の中学生たちは悪い意味で放置されてて、愛情が足りてないんだなぁ…としみじみ。
かと言って僕が愛情が足りていたというわけではないけれども。笑
実際に中学生の親たちに会ったわけではないし、すべて憶測にすぎないけど、すべての元凶はそこにあるのではなかろうかと。
愛情があればちゃんとこどもがどんな様子なのかを毎日みると思う。
毎日みてるからこそ気づけるものもある。
逆に、毎日ちゃんとみてないからちょっとした変化に気づけない。
いちばん大事なのは空気感だ。
あれ?なんか今日変だな。とかね。
行動や言動には特にこれと言った変化はみられなくても、なんかいつもと雰囲気が違うぞ…?
みたいなことに気づけない。
んで気づいた時には時すでに遅し。
そういうのは幼い頃からの積み重ねだから、取り戻しようがない。
…みたいなことになってるんじゃないかなーと。
成長が止まってしまっている
そんなこんなで。
彼らの成長は止まってしまっている。
体は勝手に成長するからアレだけど、精神的な成長は止まってる。
よくオッサンが「昔はよかった」とか言うけど、アレと同じ現象が中学生ですでに起きている。
「小学校の頃は楽しかった」とかを平気で言っちゃうんだもの。
ヤバいってそれは。
中学生なんてやりたい放題やって怒られて、それでもなんか楽しくて、みたいな時期じゃないか。
僕が中学生の時はやっとちゃんとしたバスケができる!って興奮しまくってたけどなぁ。
たぶんバスケに対する思いがすごく強かったから、ヒザのケガで半年棒に振っても腐ることなく続けれたんだと思われる。
気持ちが常に前を向いてたからだ。
希望を捨てなかったからだ。
それはたぶん、好奇心が旺盛だったから。
何にでも興味を持って生きれたから。
だけど彼らは希望なんかとっくに捨ててしまってる。
未来に希望なんかない。
自ら成長しようとしない人間を立ち上がらせるのはかなり難しい。
自分自身で「このままじゃダメだ…!」って強く思わない限り人は成長しない。
いろいろ試してはいるけど今のところ特に目立った効果はみられない。
どうしようか…。
ご清聴ありがとうございました。


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