毒親にならないために:こども食堂店主のひとりごと

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torakchi

こども食堂【虎吉】店主。整体師。音楽家。水墨画家。バツ3。元女性風俗セラピスト。元PA(音響)。

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子育て

おはようございます。

 

こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。

 

本日のテーマは『毒親にならないために』。

 

毒親。

 

こどもからすると迷惑極まりないもの。

 

何がいちばん迷惑かって、親自身がそれが「毒」だという自覚がないこと。

 

だからこどもの心がその「毒」によってどんどん蝕まれていってることを親が何にも把握できない。

 

毒親だから把握する気もないけど。

 

こどもはそんな毒親のことを「消えてもらいたい」と思っている。

恐怖しかないから。

自分が親の立場でこどもにそんなことを思われてたとしたら、そんな悲しいことはない。

こども食堂をやってるとこどもたちからいろんな情報が入ってくる。

その中にも「この人毒親になりそうだな…」って人はけっこういらっしゃる。

会ったこともないけど、こどもたちをみてるととても窮屈そう。

だから虎吉に来て心をリセットしてるんだな、と。

 

毒親にだけはなりたくねぇな、と日々いろいろ考えてる。

 

そんなお話。

 

これをしたら毒親なんて定義はない

 

「毒親」というワードが巷にはあふれていて、よく耳にするけれど。

人によって何が毒親なのかは違う。

 

シンプルに暴力を振るう親だったり。

支配しようと過干渉してくる親だったり。

何もかも否定してくる親だったり。

テメェの機嫌でこどもに対する態度を変えたり。

 

いろんな形の「毒親」がある。

 

共通してるのは「こどもの精神的に害をおよぼす」こと。

こどもが「何なんあいつ」って思っていても、そんなこと関係なくテメェの意見を突き通す親もいる。

そうなるとそのこどもはもう精神的に追い詰められて、逃げ場がなくなってやがて崩壊してしまう。

親からしたら別に大したことじゃないって思ってても、こどもからしたらそれは大きな出来事である。

 

でもそんな初歩的なことですらわからないから「毒親」になっちゃう。

 

毒親の定義をあえて作るとするなら「こどもの気持ちに寄り添うことができない」親のこと。

そしてそれがこどもが大人になってもなお続くこと。

 

それが「毒親」なのではなかろうか。

 

一時的なものならいくらでもある。

たとえば反抗期とか。

親・子、ともに「ひとりの人間」だから意見が食い違うことなんていくらでもある。

自我が出てくる思春期ならなおさら。

でもそれは一時的なものに過ぎず、反抗期を過ぎればお互いに素直になって関係性がうまくいったりする。

それだけだと「毒親」認定とまではいかないんじゃないかな。

 

だけど、ひとつ歯車が狂ったことでよじれた関係が、全部総崩れになって二度と戻らなくなるなんてこともあるし、生まれた瞬間から親がどうしようもないぐらい人として終わってる、なんてことも世の中にはたくさんあり、やっぱり毒親の定義は難しい。笑

 

これは毒親だろうか?っていうパターンをふたつ挙げてみる。

 

ひとつ目は、生まれた瞬間から親からの暴力を一身に受けて育ち、中学生の時点で公的機関により親と子が引き離された、というパターン。

 

何を隠そう虎吉の若女将である。

 

若女将は、幼い頃から家に自分の安心できる場所なんてなかった。

両親ともに幼い若女将を攻撃してきて精神的に追い詰められていた。

大人になってもその傷は癒えることなく、今なおそのトラウマと戦い続けている。

もう親とほぼ連絡もとってないし、会ってもいない。

 

若女将が最初からそういう人間だったのか、親によってそういう風になってしまったのか、はわからない。

原因はどうあれ、幼い頃に精神的に追い詰められて、それが大人になってもなお続いたからもうこのパターンは「毒親」でしかないだろう。

非常にわかりやすい。

 

もうひとつ。

 

今度は僕のパターン。

 

僕は幼い頃オネショを毎日していて、そのたびに親に怒られた。

オネショは自分でコントロールできるものではなく、膀胱の未発達とか精神的なものが原因。

 

僕からするとなぜ怒られるのかが全然わからなかった。

 

僕は毎日恐怖と戦っていた。

 

またオネショをしてしまうんじゃないか…そしたらまた怒られる…。

 

それが原因で僕の精神は非常に不安定になり、40歳を過ぎるまで約40年ずーっと苦しんだ。

 

40年以上経って、ようやくそれが愛着障害によるものだ、と理解できた。

 

自分でそれを認めることができた。

 

それまでは、どこか自分に原因があったからだと考えていた。

でもそれだと愛着障害は一生克服できない。

 

認めることができた瞬間にいろんなものが解放されて、僕は自分の生きたいように生きようと思えた。

 

解放された今、親に会いたいとも思わない。

 

親だからといって必ずしも会う必要はない。

 

そう思ったのには理由がある。

 

愛着障害のことを親に話した時、親が笑って「すまんかったのぉ〜」とか笑い話にしてくれてたら、たぶんその瞬間に僕の心は解れて親との関係もうまくいったように思う。

 

でもそうじゃなかった。

 

だから今は距離を置いている。

 

連絡もとっていない。

 

それまでは毎年誕生日とか結婚記念日とかにメッセージを送っていたものの、解き放たれてからは送らないようになった。

 

僕は今は親に対して何とも思っていない。

 

会いたいとも思わないし、向こうもそれを察してくれてるのか、必要以上に近づいて来ようとしない。

 

僕にとってはそれぐらいがちょうどいい。

 

今は。

 

この先もどうなるかわからない。

 

もしかしたら会いたいと思う日が来るかもしれない。

 

でも今はもう会わない方が僕の精神は安定してるから、これでいいと思う。

 

さて。

 

僕の親は毒親なのか?

 

僕自身はもう何とも思ってない。

 

この距離ならば。

 

正直「毒」かどうかなんて別にどうでもいいけど、一緒に暮らすとか距離が近くなると途端に僕は苦しくなってしまう。

実家に帰って過ごすのも3日が限界だった。

一緒にいるのが苦しいんだ。

 

今は親がいなくても楽しい生活を送っているので、向こうから何かしらコンタクトがあればその時に考える。

 

僕から何かすることはもうないと思う。

虎吉には毒親がいっぱいいる。

 

世の中には「毒親」予備軍がいっぱい

 

今の世の中をみてると、毒親になる可能性は秘めてる親がたくさんいらっしゃる。

 

よくこどもが自分の親のことを「自分の親は毒親だ」なんて言ったりしてるけど、実際に話を聞いてみると「そこまでひどくなくね?」って思うことはよくある。

 

でも、今はそうなだけかもしれない。

 

その「そこまでひどくない」ものでも、積み重なると僕や若女将のように、大人になっても精神がなかなか安定しないということも起こりうる。

今だけをみててもダメだ。

 

毒親になるいちばんの原因は「親がこどもを全然みてない」こと。

性格とか何が好きかとか、我が子のことなのに全然わかってない。

それがこどもにとってはすごくストレスになる。

そしてストレスはたまっていくとやがて取り返しのつかないことになってしまう。

そんな未来がみえてしまってる子がたくさんいる。

虎吉周辺だけでもそうなのに、全国単位でみるともうふたりにひとりは毒親なんじゃなかろうか。

 

毒親にならないためには

 

毒親にならないためには、我が子のことをちゃんとみること。

 

そして親だからと言って自分の意見や考えを押し付けないこと。

 

経験値も知識もないこどもは、親の考えや世界観がすべてだ。

 

それがこの世の中の常識なんだ、という考えにすらなる。

 

僕もそうだった。

 

些細なことだけど「豚汁」を我が家では「ぶたじる」と呼んでいた。

でも世の中的には「とんじる」と呼ぶ方が圧倒的に多い。

 

初めて「とんじる」というのを知った時、衝撃が走った。

 

「これはぶたじるじゃなくてとんじると読むのか!」と。

 

こどもにとって親の影響力というのはすさまじいものがある。

 

それを親自身が理解してないと、毒親になってしまう可能性はかなり高くなる。

 

世の中は広い。

 

いろんな可能性が潜んでる。

 

こどもにとって何が合うのかなんて、誰もわからない。

こども自身が成長していく過程でコロコロ移り変っていくものでもある。

 

その可能性を親が潰してしまったらダメだ。

 

今これを読んでくれてる親御さんがいるなら、今一度自分自身を見つめ直してほしい。

 

今の自分は毒親になってないだろうか?と。

我が子は自由に生きれているだろうか?と。

 

それができたら毒親になる可能性は限りなく低くなる。

 

偉そうになっちゃったけど、こども食堂をやっていて感じたことなのでたぶん的確なことを言ってると思う。

 

世の中から毒親がいなくなりますように。

 

ご清聴ありがとうございました。

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