おはようございます。
こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。
本日のテーマは『「こどもが大好き」って言う人がキライ』。
僕はこどもはキライだ。
こども食堂をやってる張本人なのに。
こどもがキライというか。
正確に言うと「こども」っていう括りがキライなだけ。
こういう言い方をした方が釣られてみてくれるかなーと思ってこんな感じにしてみただけ。笑
「こども」っていう括りだけでそれがイコール"大好き"になってしまうのはちょっと考えが浅すぎるのではないか?
そんなお話。
「こども」は誰を指してる?
「こどもが大好き」って言う人は数多くいらっしゃる。
それはそれで好きにしたらいいと思う。
僕は1ミリも共感できないけど。
ひとつ疑問が残る。
「こども」って誰のこと?
自分のこども?
それなら話はわかる。
それ以外のこどもも"全員"含めての話なの?
ホントに??wwwwww
そんな雑な括り方でいいの?
もしそいつがめちゃくちゃに反抗してきたとしても?
それでも好きだと言えるの?
もしかしたらあなたと接してる時以外はあなたのことをボロクソに言ってるかもしれないのに?
それでも「好きだ」と言えるならそれは素晴らしいことだと思う。
でも僕は今まで生きてきてそんな慈悲の心にあふれてる人をみたことがない。
大概の人は「自分に従順なこども」に限定される気がする。
それだと「こどもが大好き」に説得力が皆無になるけどいいのかい?
しかも「こども」の定義がすごくあいまい。
一般的なイメージとして「こども」は15歳以下のヒト。
たとえば5歳児とかだったら誰がどうみても「こども」だ。
10歳とかでもまぁ「こども」だろう。
じゃあ16歳は?
大人でもないし、かといって「こども」というにはちょっとなんか違うような感じもするし…。
もっと言うと19歳とかはどうなる?
…っっまだ大人とは言い切れないっ。
アホみたいなやつ多いし。
かといってもう「こども」の域は確実に超えてるだろう。
選挙権はあるし。
でもお酒も飲めないしタバコも吸えない。
微妙な年ごろのヤツはどうなるんだろう?
とかいろいろ考えちゃう。
中学生あたりの年齢になると「こども」扱いされるのを嫌がる子も出てくる。
その子に対して「こども大好き」とか言っちゃうと、たぶん秒で嫌われる。
それは果たしてその「こども大好き」って言う人の本懐なんだろうか?
"好き"な対象であるはずの「こども」から、自分から嫌われにいってしまってて、本末転倒も甚だしい。
中学生には、ある時には自分を「こども」だと言い張り、そのくせ性的なことになるとちょっと大人ぶってみたりするヤツもいる。なんとも都合のいい生き物である。
そいつらを「こども」呼ばわりすることに、僕はものすごく違和感を覚える。
果たして「こども」とは誰のことを指してるんだろう?
なんかそれって「近頃の若いもんはどうたらこうたら…」って言ってるおっさんの"若いもん"と同じじゃね?
「こども」を愛でてる自分が可愛いだけじゃね?
僕の経験上。
「こども大好き」って主張する人間は、どっかで境界線を引いてるようにみえる。
「おれおまえらと違って大人やねん」みたいな。
すっげえ上から目線な感じがしてすごく嫌だ。
そういう人間に限ってすごく幼稚な考えを持ってたりするから「おまえの方がこどもやないかい!」って心の中でツッコミを入れたりする。
そしてそういう人に限って「こどもやからしゃあないなぁ」とか言ったりする。
「こども」だからって何をしてもいいのか?
悪いことをしてもまだ「こども」だからって何でも許されるのか?
あなたに対してひどいことをしても「こども」だからって無条件で許すのか?
それは違うだろう。
なんか。
「こどもが大好き」って言っておけばまわりの人たちからチヤホヤされるっていう魂胆しかないんじゃないのか?
そんなもん保身でしかないじゃないか。
自分のことしか頭にないじゃないか。
こどもに対して声色が変わったり、言葉使いが気持ち悪くなったりとか。
「あらボクぅ〜どうしたのぉ〜?」
的なアレ。
聞いてて虫唾が走る。
なんでそうなっちゃうのか?
完全にこどもをナメきってるとしか思えない。
でも残念なことに、そんな人間がこどもたちに好かれてるのを僕はみたことがない。
そしてこどもたちはそんな"大人"の魂胆を見事に見抜いてる。
見抜いてるけどホントのことを言うとめんどくさいことになるのを知ってるから、ただ黙って傍観してるだけ。テキトーにハイハイ言ってるだけ。
僕自身、こどもの時にそんな"大人"に対して「気持ち悪い」としか思ってなかったってのもあると思うけど。
「あ。この人僕をナメてやがるな」
的なことを心の中でつぶやいてた。
象徴的なのが、小学校1年生の時の話。合唱大会なるものがあり、その時の演目が「パンダの歌」。
題名は定かじゃなかったので調べたら一発で出た。この歌をただ歌うだけじゃなくて、手のひらを顔の横で広げてリズムに合わせて左右に揺れるという、こどもにありがちなやつをやらされるハメに。

僕はそれが死ぬほどイヤで、逃げ出したい気持ちであふれていた。
でも他の子たちはなんか満面の笑顔で楽しそうにやってて、なんでそんな楽しくできるのか全然理解できなかった。
その時も先生たちに「こどもだと思ってナメんなよ」的な気持ちでいっぱいだった。
こどもはこうしときゃ喜ぶでしょ
っていうのが透けてみえて、死ぬほどムカついた。
僕みたいな子もいるんだということを想像もせず「こどもだからこう」みたいなので括るのは絶対にやめた方がいい。
それはもうテメエのことしか考えてないだけだ。
「こども」だってひとりの人間だ
世の中にはいろんな人間がいる。
体はこども、頭脳は大人の名探偵もいれば、体は大人でも頭脳が幼稚園並みのジジイもいる。
「こども」っていう括りでモノを考えると、見落としてしまうことがたくさんありすぎて間違いなく損をする。
僕みたいな人間も少なからずいるから。
僕はたまたま引っ込み思案だったので、そんな気持ちになったことをまわりの子たちに言うことはしなかったけど、もしそれがみんなのリーダー的な存在だったとしたら?
「あの大人はおれたちのことナメてるぜ」
とか言ってまわりの子たちに言いふらす可能性だってある。
そうすると今度は逆にこどもたちが大人をナメてかかる。
しかもそれを気づかれないようにうまいことやる。
たとえば学校で。
ナメてかかった結果、気がつけばこどもたち全員が結託していて、シカトされたりからかわれたりして、先生が追いつめられるというパターン。
よくある話だ。
そういう先生に限って「こどもが大好き」って言っちゃたりする。
そういう人は、気持ちが先走りすぎて相手のことをまったくみようとせず、空回りして逆にナメられやすい傾向にある。
こどもたちひとりひとりとまともに向き合わないからそうなる。
特に小学校の高学年あたりになると、いろんなことを考えれるようになってきて、いろんな面をみせるようになる。
みんなのいる所では元気よく返事してるけど、いないところでは全然元気なく、めっちゃ大人しくしてたりとか。
そんな姿をよくみたから言える。
こどもたちの方が大人をナメてるよ?
ナメられてることに気づいてないのは大人の方だよ?
早い子はもう3歳ぐらいからいろんな面を持っていて、人によって態度を切り替えたりしてる。
『「こども」がひとりの人間である』という事実から目を背けてる人は多い。
体が小さくて経験も浅くて、知識もないけど、小さいなりに、経験も知識もないなりに一生懸命考えてる。
それを無視して「こどもだから」のひと言で片付けようとする。
結果、自分がナメられてりゃ世話ねーやな。
だから僕は、赤ちゃんだろうが幼稚園児だろうが小学生だろうが、声色を変えたりしない。
ツレと話をするような感覚で、ひとりの人間として普通にしゃべる。
最初はなかなか心を開いてくれないけど、ずーっとそのスタイルを貫いてやっていくと、次第に心を開いてくれて、いつの間にか本音をさらけ出してくれるようになる。
誰もがみんなそうじゃないけど、比較的高確率で心を開いてくれる。
誰しも「こども扱いしないで」って思ったことはあるんじゃなかろうか。
その時に嫌な気持ちになったはず。
なぜそれを自分もしてしまうんだ?
なぜ繰り返してしまうんだ?
そんなことを思った月曜日の午後。
ご清聴ありがとうございました。



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