「愛着障害の向き合い方」は親のせいだということを認めること:こども食堂店主のひとりごと

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torakchi

こども食堂【虎吉】店主。整体師。音楽家。水墨画家。バツ3。元女性風俗セラピスト。元PA(音響)。

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店主のひとりごと

おはようございます。

 

こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。

 

本日のテーマは『「愛着障害の向き合い方」は親のせいだということを認めること』。

 

愛着障害は、幼少期に養育者との安定した信頼関係が築けず、心が不安定な状態。

それによって人間関係がうまくいかなかったりする。

心の病気とまではいかないまでも、それによって鬱みたいな精神疾患になりやすかったりもする。

愛着障害という言葉をどれぐらいの人が知っているんだろう。

僕が知ったのはつい最近のこと。

まだまだニッチな言葉なのかもしれない。

 

———幼少期に養育者との安定した信頼関係が築けてない———

養育者とは親のこと。

親がいない人の場合は親にあたる、養育をしてくれる人。おじいちゃんとか、おばあちゃんとか。

 

通常。

人間は生まれてしばらくは自分で何もできない。

食事も。着替えも。入浴も。排泄も。

すべてを他者に委ねないと生きていけない。

2、3日でも放置すれば簡単に命を落としてしまう。

実際に赤子のまま放置されて早期に亡くなってしまったという事件があちこちで起こってる。

 

だから今現在、自分の意志で自分の思うように生活ができている人間は、一定期間誰かしら養育者に育ててもらった、ということになる。

必ず誰もが通っている道。

 

その時に愛情を注いでもらって少しずつ「安心感」を形成する。

これが愛着と呼ばれるもの。

 

安心感はほんの数回愛情を注いでもらったところでできるものじゃない。

 

それはちょうど蟻が泥を少しずつ積み上げていって大きな蟻塚を作るように。#わかりにくいかしら

莫大な時間とエネルギーが必要になるシロモノ。

 

愛着もそうやって少しずつ形成していく。#信頼関係を作るのは時間がかかる

 

多くの人は養育者に愛情を注いでもらって育っていくので、家や養育者が安心できる場所になる。

 

甘えれるしワガママも言えて、素の自分をさらけ出すことができる。

 

だけど中にはこの愛着の形成がうまくできない子もいる。

 

要するにこどもにとって安心できる場所がない状態がずっと続く。なんなら恐怖の場所でしかなくなる。

 

それによって対人関係において不安定になりやすく、自己肯定感に問題を抱えて、生きづらさを感じたりする。

 

これが愛着障害。

 

愛着障害は人によってそのカタチはさまざま。

無関心な親に放置されたことによる愛情の不足、意味もわからず理不尽に怒られたことによる精神的虐待、殴られたり蹴られたりする身体的虐待。

 

いずれにせよ、養育者との関係がうまく築けない。

 

ここで一例をひとつ。

僕の場合は幼少期、物心がついた頃から毎日おねしょをしていたことで、毎日親に怒られた。

いわば精神的虐待。

 

それ以外のことも、厳しくてよく怒られたりしたけど、たぶん一般的な範疇だったと思う。

 

ただ、おねしょで怒られるのだけは毎日毎日恐怖でしかなく、布団に入るのが怖かった。

なんせ、おねしょは自分でコントロールできるものじゃない。

頑張って寝る前に水分ををとらないようにしてみたり、必ずトイレに行っておしっこを根こそぎ出したりしてみた。

しょせんそんなものは何の役にも立たない。

 

おねしょをしたくてしてるわけじゃない。

怒られるとわかってるのにあえてするはずがない。

 

だけど親はそんな僕の努力や気持ちなんか考慮してくれるわけもなく、毎日怒る。

 

今みたいにインターネットもなく、情報がそんなに多くないから、親も調べようがなく、怒るしかなかったんだと思われる。

父親が化学会社で研究の仕事をしてたので、薬を調合してくれたりしたこともあったけど、まったく効果がなかった。

 

怒っても何も変わらない。

むしろ「怒られる」という恐怖が僕を毎日襲ってきて、精神的に全然安定しない。

なんならおねしょで怒られることで、それ以外のことで怒られるのも通常よりも恐怖を感じる度合いが高かったように思う。

 

それが物心ついた時から小学校3年生までほぼ毎日続いた。

ごくまれにおねしょをしない日もあったけど、せいぜい年に片手でかぞえれるぐらい。

それ以外は毎日布団が大洪水。

 

幼少期の僕は、親に対しておねしょのことに対する恐怖がほとんどを占めていた。

 

4年生になる頃にはすっかりおねしょはしなくなった。

 

おねしょがなくなれば恐怖も拭えるかもしれない。

かすかな希望がみえてきた。

 

希望はみえてきたものの、僕の心はすでにボロボロだった。

 

だけどそれと同じタイミングで転校することになってしまい、希望の光は何処かへ消えていった。

 

関西から関東への引越しで、全然知らない土地と文化で、全然知らない人たち。

さらに方言が違うから「訛ってる〜」とイジられる。

引越して早々、軽いイジメにも遭った。

 

毎日毎日不安で不安で仕方なかった。

 

だけど、親との関係がうまく築けていないので、親にはそんなこと言えるはずもない。

妹がふたりいたけど、恥ずかしくて言えない。

 

先生とか他の友達に言ったりしたらさらにイジメが加速するのではないか、という恐怖で先生にも友達にも言えない。

 

誰にも相談することもできない。

 

ひとりで何とかするしかない。

 

関東の方言やイントネーションを頑張って習得し、まわりの人たちに馴染もうと必死だった。

 

イジメは軽いものだったから、そんなに長く続くことはなく、程なくして終わった。

 

そのおかげでなんとかまわりとも馴染めていたけど、引っ越した時点でボロボロだった僕の心は疲弊しきっていたので、生きた心地がしなかった。

 

その引越しから3年後、さらに僕を試練が襲う。

 

今度は大阪に転校だった。

 

やっと関東で馴染めてきたと思ったのに。

 

たぶんこの時点で僕の心はパタンと扉を閉ざしてしまい、それ以降人を信じられなくなっていた。

 

これが僕が愛着障害になった原因。

 

「障害」っていう名前は付いているものの、精神疾患に分類されるわけではなく、診断が下されるわけでもない。

 

個人差が非常に大きくてあくまでも自己判断。

 

自分の心の異変に気づいたのは20歳を過ぎてから。

メンタル的にちょっと弱い人と関わった時。

 

自分はどうなんだ?と自分を省みて「あれ?おれもなんかヤバいんじゃね?」と自分自身に違和感を覚えた。

人を信じるということがどういうことなのかがわからない。

でもどうすればいいかわからない。

その当時の僕は、どこかフワフワして地に足がついておらず、何かとやらかしまくっていた。

その結果、人との関係がうまくいかず、人から距離を置いた。

 

自分のメンタルが弱いからダメなんだ、とひたすら自分を責めた。

 

その時はまさか自分が愛着障害だなんて思っていない。

愛着障害っていう言葉があること自体知らない。

 

「自分で何とかしないといけない」

 

と思い、人との繋がりを大切にしようと頑張ってみた。

 

それでもやっぱりうまくいかない。

 

自分では精一杯頑張ってるつもりだった。

でも何がダメなのかがわからない。

 

そんな状態のまま、40歳を迎えた。

 

そんなある日、ふと気づいた。

 

もしかしておねしょで毎日怒られたことで自分の心はおかしくなってたんじゃないか?と。

 

何がきっかけでその考えに至ったのかはわからない。もう覚えてない。

 

だけど考えれば考えるほど辻褄が合っていく。

 

最初は親のせいにするなんて逃げだ!とか思って認めることができなかった。

 

だからこそいろんな角度からいろんな可能性を探った。

 

自分に非はなかったのか?と。

 

でも自分にもこどもができて、親の立場で物事を考えるようになってからずいぶん時間が経ってる。

その間、同じような考えを行ったり来たりした。

 

こどもはおねしょをすることがごくまれにあった。僕の幼少期と比べたらなんてカワイイ。

毎日してた僕からするとなんともうらやましい話だ。笑

 

こどもはたまにおねしょをした時、すごく申し訳なさそうにしてた。

そんな顔をみてたら怒る気になんか到底なれない。

おねしょをした時の情けない気持ちとか申し訳ない気持ちは、たぶん誰よりも理解できる。

これを僕の親は理不尽に怒ってたのか…と、理解に苦しんだ。

 

ネットでおねしょについていろいろ調べたりもした。

 

そしたら、どの角度から考えてもこどもに非はない。

 

親にも非はない。

 

誰も悪くない。

 

どうしようもないものなんだ、と。

 

じゃあ。

 

親子関係がうまくいかなかったのは親のせいじゃねえか。

 

ようやくその事実を受け入れることができた。

 

こどもの時の僕にはできることは何もなかった。

 

いや、むしろ自分ができることは精一杯やった。

 

もう逃げでも何でもいい。

 

これは親のせいだ。

 

そうやって「自分は悪くなかったんだ」と受け入れることができた。

 

だからと言って、親を恨んだり憎んだりする気持ちはない。

 

おねしょ以外のことはわりと普通だったし、僕は長男で、父と母にとっては初めてのこども。

ちゃんと育てたいからこそ、厳しく育てようとしたからこそのことだったんだろう、と納得できるようになった。

 

そこに口を挟む気はない。

 

ただ、このまま黙ってるのは気が済まない。

「あんたらのせいでおれは苦しかったんだ!」と物申したかった。

恨みつらみを言いたいんじゃない。

それをネタにして笑い飛ばしてスッキリ!

 

そうしたかった。

 

だけど現実は違った。

 

親にそのことを話すと、何やら不穏な空気。

 

なんかバツが悪そうに言い訳がましくて、余計にモヤモヤしてしまった。

 

いまだに親子の関係はモヤモヤしたまんまだ。

 

でも他の人間関係は今のところわりとうまくいってる。

 

もうあの頃の人を信じれなくなった自分はいない。

 

それは自分を受け入れることができたから。

すごく寂しかったこと、人が怖くて信じられなかったこと、すごくビビりで弱かったこと、弱い自分を隠すために強がってたこと。

それを自分で認めてよく頑張った!と、自分を褒めてあげることで、人に対してイイ感じに甘えれるようになった。

 

愛着障害は克服できるものなのか、今はまだわからない。

 

今のところ、克服できたような気はするけど、いつまた牙を向いてくるかわからない。

 

克服するための近道は、まず愛着障害がどんなものなのかを知ること。

僕自身、その言葉を知ったのは「おねしょのことが原因で親との関係がうまくいかなかった」と、自分でたどり着いた後のこと。

 

そういうのがあるんだ。

じゃあ特徴は?

 

……ほぼ当てはまる。

 

「あぁ…おれは愛着障害だったのか…」

 

じゃあなおさら親のせいだったんだな、と客観的にみることができて、改めてより深く自分を受け入れれるようになった。

 

愛着障害は人それぞれ形が違う。

 

一概にどうこう言えるものじゃないから、他人に相談してもあんまり理解してくれるものでもない。

 

事実、僕が愛着障害を実の妹に話しても1ミリも理解してくれなかった。笑

 

同じ遺伝子を持ち、同じ親と環境で育った人間でもそんなもんだ。

 

似たような境遇の人がいればある程度は理解してくれる。

でもそんな入り組んだことを他人に話すのはなかなかハードルが高い。

だからあまり話題にはならないのが現実。

 

話題になったとしても、他人が慰めてくれたとしても、結局自分自身を省みて自分を受け入れるしか解決する方法がない。

 

そのために僕が今ここで話したようなこととか、他の誰かが話したことを参考に自分自身を省みるのは大切な一歩だと思う。

 

3人に1人が愛着障害って言われてたりするから、意外と身近に理解してくれる人がいるかもしれない。

 

そんな人と苦しかったこと、辛かったことを共有することで自分を省みるのもひとつの方法だと思う。

ひとつだけ確実に言えることは、親のせいにするのは悪いことじゃない。

僕自身もそうだったけど、親のせいにするのは"逃げ"みたいな気がしてなんか気が引けた。

だけど、それは決して"逃げ"なんかじゃない。

過去の自分を認めて受け止めてあげることだ。

「自分は悪くなかったんだ」と素直に認めることができたら、そこから一気に前に進める。

 

 

長々と。

 

ご清聴ありがとうございました。

 

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