性行為したくない…夫婦で言えぬ訳:こども食堂店主のひとりごと

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こども食堂【虎吉】店主。整体師。音楽家。水墨画家。バツ3。元女性風俗セラピスト。元PA(音響)。

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店主のひとりごと

おはようございます。

 

こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。

 

本日のテーマは『性行為したくない…夫婦で言えぬ訳』。

 

先日。

 

Yahooニュースのひとつに同じテーマの記事があった。

読んでみると「え…?それで終わり…?」的な内容だった。

 

夫婦間で「したくない」なぜ言えない? 日本人に足りないものとは(朝日新聞) - Yahoo!ニュース
本当は、したくない――。そんな思いを抱えながら、配偶者との性行為に応じてきた人は少なくありません。なぜ断りにくいのか。どうやって互いの意思を確認すればいいのか。奈良女子大専任講師の岡田玖美子さん(

 

要約すると、性的なコミュニケーションは話し合ってお互いの心地よいポイントを共有することが大切だとおっしゃっておられる。

 

たしかにおっしゃる通りなんだけども。

 

もっとあるだろう!

 

って思ったので自分で書いてみることにした。

 

「性行為したくない」は誰目線?

まず。

性行為をしたくないというのは誰目線なのかがわからなったので推測してみた。

 

性行為という目的は一致してるものの、その理由は人それぞれで主張がちょっと変わってくる。

 

妻側と夫側でも全然違う。

 

でも記事の内容はたふん妻目線。

 

書いてるのも女性だし、内容が明らかに男性目線じゃねえな、と。

 

女性が性行為をしたくないという理由はだいたいが「性欲処理の道具」にしかみられていないから。

「女」としてみられていない。

酷い人だともはや「人間」としてもみられていない。

 

だから性行為をしたくないという奥さまはけっこういらっしゃる。

 

記事の内容から、おそらくそういう女性に向けたものだと思われる。

 

世の中にはそういった悩みがたくさんある。

 

女性風俗を利用する人なんかはまさに。

僕自身も女性風俗の仕事をしていたから、生の声をたくさん聞いた。

 

まぁまぁエゲツないことをする男がこの世の中にはたくさんいるんだなぁ、と驚きを隠せなかった。

 

冒頭の記事のような生やさしいもんじゃない。

 

ひとつ例を挙げると。

 

"キッチンで夕飯の準備をしてると旦那が仕事から帰ってきて、そのままキッチンに直行し、仕事帰りの姿のままズボンを下ろし「しゃぶれ」って言われた。気持ち悪すぎて吐きそうだった"

 

というもの。

これなんかはまさに「ただの性欲処理の道具」としてしかみていない、いい例だ。

雰囲気もクソもない。何よりも嫌がっていることをわかってない。

 

こんなふうに男性が女性を「性欲処理の道具」としてしかみていないケースはけっこう多い。

 

そしてそれは男性側の「したくない」にも繋がっていく。

 

男性の"したくない"の内訳は「女としてみれなくなった」が多い。

 

女としてみれなくなったから性行為をしない。

 

つまり、人としての中身をみていない。

 

たとえば、出産を間近でみたことで嫌になった、とか。

シワが増えたり肉がだるんだるんになって嫌になったとか。

結婚したら家族としてしかみれなくなった。

 

これらの理由は"人としてみていない"から。

 

そんな感じで自分が性欲を発散できればそれでいいと思っている男性が多い。

 

言えない訳

 

言えるわけないよね。

そんな状況で。

そんな関係で。

嫌な思いしてる・させられてる相手にそんな自分の恥ずかしい部分を共有するなんてこと。

 

「したくない」っていう思いが生まれてしまってる時点で、もはや関係は破綻してる。

 

そもそも、夫婦間で性の話をする人なんかほぼいない。

下ネタは話しても、自分たちの性行為のことを深く話し込むまではいかない。

 

その原因は、性行為を恥ずかしいものとか、やっちゃいけないもののように、なんとなくタブーみたいな扱いになっていること。

日本という国が社会的にそんな文化を許さなかったこと。

 

日本の性教育の無能さ加減や、一部の政府のモテないお偉いさんがそんなタブーな風潮を作ってしまった。

 

思い出してみて?

学校で習った性教育を。

すごく表面的なことしか教わらなかったよね。

 

でも現実はもっともっとリアルで生々しいよね。

 

あんな知識あっても何の役にも立たないね。

 

学校で習った性教育なんて意味がない。

それでも大人たちはあんな初歩的な、教科書読めばすぐわかるような知識ですら、教える時にちょっとバツが悪そうにしてた。#何がそんなに恥ずかしいのか

たぶん自分たちの性行為のことを突っ込んで聞かれるのが嫌だったんだろう。

自信がないから。

 

仕方がないので。

学校以外で性のことを学ぶしかない。

性行為のやり方を学んだのはAVやエロ本、先輩や友達。

みんなああでもないこうでもないって手探りで学んできた。

もうほぼ独学と言ってもいい。

 

そんな独学の知識や技術を共有するのは難しい。

国語とか算数みたいなものはいくらでも共有できる。

ちゃんと「問題」があって「解き方」が決まってるから。

 

でも性行為には「問題」や「解き方」もなければ「正解」も人それぞれ違う。

だからこそ共有しないと話が前に進まないんだけど、みんな恥ずかしかったり「イケナイコトをしてるような感覚」になってなかなか口に出せない。

 

いちばんプライベートな部分だからなおさら。

性的な興奮を求めるなど「はしたない」っていう人もいるほど。

 

だから言えない。

 

ここまでが記事の内容をさらに深掘りしてみたもの。

ここから先は僕がそこからさらにさらに深堀りして考えた持論。

 

性行為は特別なものじゃなく日常すべてが前戯

 

性行為は特別なものでも何でもない。

会話をしたりメールのやり取りをしたりするのと同じ。

ただのコミュニケーションの手段のひとつでしかない。

 

違うのは肌の触れ合いがあるかないか。

 

ただ。

 

そこを分けて考えると元も子もないので、会話をしながら肌の触れ合いがある、というのがいちばんイイ。

 

要するにただただイチャついてるだけである。

少なくとも周囲からはそうとしかみえない。

でもね。

 

男女で共に生活してる以上、コミュニケーションは必須でね。

 

何時に帰るとか、こどものこととか、来週出張とか、そういう会話はコミュニケーションでもなんでもない。

 

ただの業務連絡。

 

他愛のない話をしたりふざけ合ったりイチャついたりすることでしか心と心は通じ合わない。

 

てゆーか。

 

"イチャつく"という表現がそもそも悪意がある。

イチャって何やねん。笑

 

気になったので調べてみた。

 

18世紀の後期に男女が戯れている状態を「イチャつく」と言うようになった。「イチャ」は漢字で「淫戯」と表記し、戯れる男女を揶揄する言葉。

 

やっぱり。

 

戯れる男女を揶揄する言葉だってよ。

そりゃー悪意を感じるわ。

 

あと、人前でじゃれ合ってたら"見せつけんじゃねーよ"的なことを言うやつ。

 

この風潮というか文化みたいなものは令和になった今でもしっかり残っていて、公衆の面前で男女が愛を育むことは御法度なのが我が国ニッポンである。

 

そんな歴史的なこともあり、男女が公衆の面前で戯れるのはどこか「悪いことをしている」ような感覚になってしまう。

 

結婚してふたりっきりの時ならまだいいけど、こどもができると「こどもの前だから」と、肌の触れ合いはなくなる。

 

やがて会話も少なくなっていき、業務連絡のみになっていく。

 

結果、性行為が特別なものになってしまう。

 

性行為が特別なものだから良い、という人もいる。

それはそれで素晴らしいことだと思う。

 

が、しかし。

 

それでは深い快感は得られない、と僕は考える。

 

何故なら、性行為の最高潮の快感はオーガズムによって得られる。

オーガズムは精神的にリラックスした状態じゃないと到達しにくい。

 

リラックスした状態というのは、精神的に安心してる状態。

 

これは男性も同じく。

精神的にリラックスした状態じゃないと勃起はしないし、射精もしない。

 

そもそも性行為は交尾。

 

交尾中は最も敵に狙われやすい瞬間だ。

実際にこどもの頃、交尾中のトンボとかカマキリとかバッタなんかはすごくは捕まえやすかったのを記憶してる。

 

リラックスした状態じゃないと性的な興奮は得られないのが生き物としての本能だ。

 

だからこそ夫婦も普段から肌の触れ合いをしておいた方がいざという時にリラックス状態になりやすい。

 

言わば「日常生活すべてが前戯」と言っても過言じゃない。

 

僕もそれは普段から実践しており、詳しくは動画で語っておりんす。

 

 

性行為を求める理由のズレ

 

性行為を求める理由が男女でかなりのズレがある。

 

大まかな目安として、男性はただ精子を発射したいだけ。

女性は安らぎを求めてる。

極端な話、男性はただ挿入できればそれでいい。

前戯なんかナシで、なんならローション塗って即挿入、みたいな。

女性はまず雰囲気を作って前戯をしっかりして少しずつボルテージを上げていって、それからやっとこさ挿入、みたいな感じ。

最終目的地は同じでもその過程が全然違う。

あくまで。

大まかに。

必ずしもそうとは限らない。

そういうパターンが多いっていうだけ。

 

このズレがあると、男性は面倒くさくなり、女性はその面倒くさくなってることにに嫌気がさす。

そうやって夫婦の溝は深まっていく。

 

みたいな事例が我が国ニッポンにはたくさんある。

 

このズレも本能からきてるとこはある。

 

男性の場合は性的興奮がすぐに高まり、射精が終わればすぐに性的興奮も収まる。

熱しやすく冷めやすい。

女性の場合は性的興奮が少しずつ高まり、オーガズムに達した後もすぐに収まることはなく、ゆるやか。

熱しにくく冷めにくい。

 

人類がまだ野生だった頃。射精が終わった後、男性は周囲を冷静に見渡さないといけなかったから、こんな体の仕組みになって、それが現代でも残ってる。

 

女性が全体的に緩やかなのは、日常生活の懸念事項に対して敏感だから。

精神的にリラックスした状態がもっていくまでにホルモンバランスを調整したり、性器に血流を促したりするのに時間がかかる。

 

だから性行為を求める理由にもこれだけ性差が生まれる。

 

それぞれの形

 

これまでの話からすると、性行為をしたくないと相手に伝えるのはかなり至難の業。

だけど、伝えないままにしておけばおくほど苦痛は募っていく。

 

性行為をするのは嫌だけど、パートナーとは穏やかに過ごしたい……

 

なんて話も聞いたことがある。

 

今さら……

 

なんて思う人もいる。

 

人それぞれ思うことはホントにさまざま。

 

こどもが成人して結婚生活も落ち着いた時、性欲に再び火が着くこともある。

 

そういう人たちが不倫に走ったり、女性風俗に手を出したりする。

 

それは夫婦で性の話ができないからだ。

 

しても聞いてくれない、なんてこともある。

 

だけど、人間50年近くも生きれば考え方は凝り固まってしまって、新たな考えを取り入れるなんてことができない人がほとんど。

 

特に男性はその傾向が顕著だ。

 

女性風俗の仕事をしてた時、そんな女性の悩みをたくさん聞いた。

 

理想は夫婦がお互いに腹を割って話をして、お互いが納得いく形になるのがいちばんいいけど、なかなかそうもいかない。

 

かと言って、自分の中に溜め込むのは精神衛生上非常によろしくない。

いつか壊れちゃう。

 

我慢なんかする必要はない。

 

友達でも不倫でも女風でもいい。第三者に胸の内を明かすことが何よりも大切。

 

自分の考えを外に出すことで頭の中が整理できるから。

 

そしたら新しい一歩を踏み出せる可能性は高くなる。

 

新しい一歩が「離婚」なのか「不倫」なのか「女風」なのか、はたまた「夫婦仲の修復」なのか。

 

その答えは人それぞれ。

 

どんな答えが出ても、後悔のないように生きていくのがいちばんいい。

 

あの時こうしとけばよかった……

 

なんて思わないように。

 

以上です。

 

ご清聴ありがとうございました。

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