おはようございます。
こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。
今回のテーマは『ドラえもんは教育にもピッタリ』。
ドラえもんを語り出すと永遠に止まらないんじゃないかってぐらい大好きなワタクシ。
40歳を過ぎた今なお、ドラえもんはみたくなる。
その原因はドラえもんという作品の奥の深さ。
特に映画のドラえもんはいろいろと考えさせられる。
大人になった今だからこその視点があって、考えさせられることが増えた気がする。
そしてそういう細かいところまで演出してくれてる映画ドラえもんの制作に携わった方々に敬礼。
それゆえこどもにはもちろん、大人にとっても人生の教訓になることがたくさんある。
まさに昨日みてた「鉄人兵団」。
ロボットと人間の対立構造になっていて、メカトピアという星から鉄人兵団が地球を侵略するためにやってきてそれを迎え撃つ、っていう、ザックリそんな話。
メカトピアから来たリルルというロボットの少女がキーマン。
終盤で彼女が今にも消えようとしてる時のしずかちゃんの叫びがヤバい。
いちばんの見どころはそこかなーと。
あと、鏡面世界でザンダクロスという巨大なロボットに乗り込んで操縦するしずかちゃんがミサイルの発射ボタンとわからずに押そうとする時の「あーホント」というセリフはある意味怖い。
この映画をこどもの頃、レンタルビデオ(懐かしい)を借りて見た時はなんでロボットが人間を奴隷にするねん!とかあたかも人間がいちばん偉いみたいな考えになってたような気がする。
いや、そんなことすらも考えてなく、ただただロボットこわーいぐらいにしか思ってなかった。
でも、大人になっていろいろ考えれるようになって、しかもこんな時代になると、ロボットが人間を支配しようとする、みたいなことは起こっても不思議ではないなと。
AIはまだ今のところそこまで考えることはしない……のかな。
それがより顕著になってロボットが反乱を巻き起こすのが「ブリキの迷宮」。
こっちは鉄人兵団よりもよりリアルで、まさにこれから現実世界で起こりそうなこと。
地球ではないけど、自我を持ったロボットが人間を少しずつ衰弱させて、国を、星そのものを乗っ取ろうとする話。
「イメージコントロール」という、頭の中でイメージするだけで機械が全部やってくれるという、夢のような、近い将来ホントに実現するんじゃねーかってアイテムが出てくる。
それを使って人間を少しずつ衰弱させていくっていう作戦を総司令官みたいなナポギストラー博士という発明家ロボットが計画する。
それをドラえもんたちが阻止するというお話。
人間なんてしょせん弱い生き物で、使わなければどんどん衰えていく。
だいたいの人は堕落していく。
そこにつけ込まれたら間違いなくロボットには敵わない。
ロボットに依存せずに自分の力で生きていくことが大切なんだよ、って教えてくれる。
まるで手塚治虫の世界観。
それもそうだ。
藤子不二雄のおふたりは手塚治虫に憧れて漫画家になったんだから、影響を受けてて当然。
でもそれがパクリじゃん!ってなることなく、藤子不二雄には藤子不二雄の味というか、独自の世界観が成立してるからすげえなあって思う。
……ってオマエ何様やねんって感じやけど。笑
そんな人間とは的なことを学ばせてくれる映画ドラえもん。
ほら。
教育にピッタリ。
環境問題のアンチテーゼ作品も多く(?)みられる。
「海底鬼岩城」、「アニマル惑星」、「雲の王国」。
「海底鬼岩城」は海底人が「陸上人は海を汚す」だのどーのこーの言ってるんだけど、この頃はまだ1980年代初期。世間的にはまだそこまで環境問題どうのこうのって世間的には言ってなかったイメージ。
ストーリーの内容的にもそこまで環境汚染のことを強く訴えてるわけではないけど、後の「アニマル惑星」、「雲の王国」をみると作者の藤子・F・不二雄はこの頃からすでにそういうことを訴えたかったんだなぁという印象を受ける。
そこから7年。
「アニマル惑星」は環境汚染のことをより強く訴えかけた作品になってる。
アニマル惑星のとなりの惑星を支配してたニムゲという、人間みたいな宇宙人が自分たちの星を環境破壊や核戦争で、防護服なしでは生きていけないほど荒廃した地獄星へと変えた。そのことが環境破壊や核戦争をしてるリアルの人間そのもので、いずれこうなるんだぞっていう暗示になってる。
他にものび太の学校の裏山がどっかのアホ社長にゴルフ場に変えられそうになった時、ドラえもんが道具を使って木にしゃべらせて「思い上がった人間ども」っていうセリフを吐いてたりする。
もうめちゃくちゃ人間に対する皮肉よね。
この頃には世間的にも環境問題のことを言い始めてたのをなんとなく覚えてる。
でももっとあからさまなのが「雲の王国」。
雲の上に住む天上人が地上の文明をすべて大洪水で滅亡させようとする「ノア計画」なるものを企んでたりする。
天上人の地上人に対する嫌悪感は凄まじくて、はじめてみた時、すごい恐怖を覚えた。
個人的には「雲の王国」の方が環境問題に対しての警鐘がすごいなぁと思うんだけども、藤子・F・不二雄本人は「アニマル惑星」のフィルムコミックスのあとがきで「環境問題の取り扱いがちょっと露骨だったかもしれない」とコメントしてる。
まぁ、「雲の王国」の時は体調不良でそれどころじゃなかったのかもしれないけど。
でもこの「雲の王国」は過去のドラえもん作品で出てきた登場人物、「キー坊」とか「ドンジャラ村のホイくん」とかモア、ドードー鳥なんかも出てきたりして、ファンにはたまらない演出がある。
特にキー坊なんかはめちゃくちゃ可愛かったのに今や植物星の外務大臣になってしまってるという。
しかもヒゲまで生やしてドえらい大人になってしもて。。。
いや…、時系列おかしいやん。笑
この頃には世間的にも環境問題は大々的に取り上げられていて、エコなんて言葉が出始めたのもこれぐらいの時期かなーと。
ドラえもんが連載されてたコロコロコミックでドラえもんの形をしたエコカーの特集みたいなのをやってたのがすごく印象的で、こども雑誌にまでその影響は広がってた。
僕自身、こうしてドラえもんから環境問題のことを深く考えるようになった人間のひとりで、そんな人はけっこう多い気がする。
逆に言うと、ドラえもんで環境問題に興味を持たなかったらそこまで深く考えるようにならなかった気もする。
ドラえもんって偉大。
ほら。
教育にピッタリ。
そんな社会的な問題を学ぶこともできるドラえもん。
全体を通じて映画版ではとにかくのび太、ジャイアン、スネ夫の3人の友情が際立つ。
普段のアニメ版ではのび太はいじめられっ子。
だいたいのび太が2人にいじめられて、その仕返しにドラえもんの道具を使って…というのが定番。
映画版も最初はそんな日常のくだりから始まるけど、そこからいろんなトラブルに巻き込まれて、それを解決しに行く過程でいつもの関係がウソのように団結しまくる。
心の底では3人ともすごく信頼し合っているのがわかる。
もはやそれは友達の域を超えて家族みたいなもの。
そりゃそうよね。
3人とも小さい頃からずっと一緒だし。
そういう深いとこまで考えたら泣けてくる。
さらに5人ともすごく優しくて、宇宙人だろうが地底人だろうが海底人だろうが、どんな種族だろうが分け隔てなく接することができる。
それってたぶん普通の人ならパニックになってまともに相手なんかできない。
まぁ、そもそもドラえもんが未来から来たネコ型ロボットっていう時点でまともな感覚じゃなくなってるってのもあるかしら。
こどもの頃はそういうことを考えなくても面白いって感じてたけど、大人になってみるといろんな面白さがあるんだな、と再認識。
ひとつの作品で二度美味しいドラえもん。
人間愛、人間のエゴ、環境問題、差別問題、などなど、人類が抱えるいろんな問題をテーマにしてる。
それは生きていく上ですごく重要なことで、大人になってからも面白いのはそういうことを深く考えさせられるからだなと。
まだまだ書き足りないけど今日はこのへんで。
ご清聴ありがとうございました。
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