家族でも分かり合えないのはしょせん他人だから:こども食堂店主のひとりごと

店主のひとりごと

おはようございます。

 

こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。

 

本日のテーマは『家族でも分かり合えないのはしょせん他人だから』。

 

先日、妹ふたりと妹の友達がご来店。

 

妹はふたつ年下と4つ年下で、みんなアラフォーになった今でも定期的に会ってお酒を飲みながらワチャワチャやってる。

 

自分からみても仲良いなぁと思えるし、はたからみるとすごく仲良くみえるみたい。

 

僕ら兄妹は昔からずっとそんな感じで、20歳を超えてお酒を飲めるようになったらたびたび飲みに行ったり、僕のライブに顔を出してくれたり、毎年お盆と正月に実家に帰る時もタイミングを合わせたりして何かと仲が良い。

 

僕が高校生ぐらいの時に仲が悪くなった、というか僕が一方的に嫌われただけなんだけども。

それは長くなるので別で。笑

 

その時期を除けばこどもの頃からずっとそんな調子で仲良しこよしをやらせてもろてる。

 

思ってることをそのまま言ってもどっちも何とも思ってないので、一緒に居てもまったくストレスを感じない。

 

「兄妹じゃなかったらおまえなんか大っ嫌いや」とかも平気で言えるし。

 

そういう関係は大切にしたいなーと思う。

 

ただ、そんな仲良しな家族でも分かり合えない時はホントに分かり合えない。

 

ずーっと平行線のまま、意見が交わることがない。

 

なんならちょっとしたケンカになる。

 

下の妹とは特に仲が良くて、僕がバンドをやってた時、ヤツはダンスをやっていた。

 

音楽と芸術で繋がってたり、感覚的にもすごく似てるところがあるので何かと気が合う。

 

そんな下の妹と唯一合わないのが親に対する考え方。

 

僕は両親には感謝はしてるけど尊敬はできない。

少なくとも現時点では。

 

だから当分会いたいとも思わないし、会う気もない。

年月を経たらその気持ちも変わってくるかもしれないし、どうなるかなんて自分でもわからないけど、仮に今病気とかで倒れたりした時に行くことができるのかどうかも微妙だ。

 

今のままだと葬式すら行かないかもしれない。

 

そんな話をしてたら、「なんでなん!?」とお怒り気味。

 

そのことでは前に一緒に飲んだ時も口論になった。笑

 

「仲良くしーや」とか言われるけど、そりゃーできるものなら僕だって仲良くしたいワイ。

 

でもできないのよ。

気持ちにストップかかるし、会ったらとんでもねー空気になるのがわかりきってるから。

 

お互いにとって何も良いことがないのにわざわざ時間をかけて鳥取にまで行く意味がわからない。

 

僕が親とそういうことになってしまったのは幼少期のオネショが原因。

 

詳しくは⇒「オネショ」は怒るととんでもないことになるので絶対怒らない方がいい:こども食堂店主のひとりごと

 

でも妹は幼少期にオネショなんかしていない。

 

故に僕の気持ちは理解できない。

理解しようとしてもたぶんできないんだと思う。

 

それプラス、僕らの両親はじいちゃんが死んだ時に鳥取に移住して、その時妹たちはまだ学生だった。

 

なのでもうやりたい放題。笑

 

学校行ったり行かなかったり。

家に友達呼び放題。

 

反対に僕は非常に厳しく育てられたので、高校時代にすげー反発して、それが原因で一時期妹たちに嫌われた。

 

そんなこんなで親に対する考え方がまるっきり違ってて、そこはいくら話しても意見が交わらない。

 

僕が中学生になるまでは家族で旅行行ったり、プールに行ったり、家族全員仲は良かった。

 

そういう意味では僕はすごく恵まれてたんだと思う。

 

僕が中学生高校生になると、部活とか音楽に夢中になったり反抗期に入ったりして、少しずつ家族との距離が開いていった。

 

妹たちも中学生高校生になると部活に夢中になったり、それぞれの道に進んでいった。

 

同じ環境、同じ遺伝子・親の下で仲良く過ごしてても、それぞれの考え方、価値観がある。

 

血は繋がってても、しょせんは違う人、他人だ。

 

兄妹だからといって仲良くしないといけない理由なんかどこにもない。

 

でも世の中には「家族だから」といって無理やり仲良くしようとする人もいる。

 

僕にはそんな意識は1ミリもない。

 

気に入らなかったら会いたくないし、関わりたくもない。

 

でも妹たちは共通してる部分もたくさんあるし、人間的にも面白いヤツらだ。

だから定期的に会いたいと思うし、話す時間を作りたいとも思う。

 

これが血が繋がってないホントの他人だとしても、たぶん同じことを思ってたんだろな、と思う。

 

それはお互いに尊敬できるところがあるから。

 

やっぱり人間、そこがいちばん大切なところ。

 

兄妹だろうが親子だろうが友達だろうが。

仕事の上司だろうが部下だろうが。

 

人間は生まれる時も死ぬ時もひとりで、感覚も共有できない。

 

そんな「他人」同士が長く一緒にやっていけるのはお互いを尊敬できるから。

 

それがなくなってしまった関係はどこかに打算とか余計な何かが入ってしまうから、長くは続かない。

 

常に尊敬できるような人間でありたい。

 

ご清聴ありがとうございました。

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