おはようございます。
こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。
本日のテーマは『こどもたちが無気力な理由』。
最近の子。
なんて言うと自分も歳をとったんだなー…オッサンになったなー…と思う。
40も半ばを過ぎたオッサンのたわごと。他に何かいい呼び方があるのかしら。
今どき?
それもオッサン臭い。
まぁそんなことはどうでもいいや。
虎吉こども食堂でこどもたちと接してる中ですごくモヤモヤすることがある。
こどもたちっていうのは小学校4年生から中学2年生ぐらいの間。
思春期に差しかかろうかというとてもおデリケートな時期だ。
その子たちがとても無気力な感じがしていて、将来が心配になることがよくある。
無気力っていうとどうしても抽象的で、幅が広すぎていまいちイメージがわかない。
もっと解像度を上げると「生きていこうとする活気が感じられない」。
10代になりたての頃の自分はというと、やる気が漲っていて、はち切れんばかりだったような気がする。今思い出してみたら、確実にうっとおしいぐらいのやる気があったように思う。
僕の場合はバスケに目覚めたばかりで、バスケが面白くて仕方なかった。
その頃、ちょうどNBAでマイケル・ジョーダンとかマジック・ジョンソンとかが大活躍してた時で、それをみて「自分もこんなふうにプレイしたい」という欲望が燃え盛っていた。
その欲望があったから、夢中になった。
四六時中バスケのことを考えていて、歩いている時にジャンプの練習をしてみたり、鏡とかガラスをみつけてはシュートフォームのチェックをしてみたり、はたからみると迷惑なやつと思われても仕方ないことをしてた。#いるよねそういうやつ
自分の部屋でもバスケがしたかったから、どこからともなく板を拾ってきて、家にあった針金を使って自分でバスケゴールを作ってた。#ゴールネットはさすがに作れないので母親に作ってもらった
学校の休み時間はひたすらグラウンドでバスケ。
僕が通っていた小学校では休み時間に体育館を使うことはできなかったから、砂の地面でやるしかなかった。
それでもじゅうぶん楽しかったんだけど、やっぱりやるからには体育館でやりたい。
「キュッキュッ」って音を聞きながらやりたい。
そんな欲望がふつふつとわいてきた。
当時僕が通っていた小学校にはミニバスのチームがなかった。
正確にはチームはあったけど、団員は女子だけ。
でもどうしても体育館でバスケがしたかった僕は、同じようにバスケがしたいと言っていた友達を誘い、ふたりでそのチームの監督に直談判しに行った。
「試合は出れなくていいから練習だけでも参加させてくれ」と。
運良く、監督は快く受け入れてくれて、僕は女子のチームに入ることができた。
紅一点の逆バージョン。
ウハウハじゃん!って思ったあなた。
残念。
(当時の僕には)そこには邪な気持ちなど一切なかった。
ただ純粋にバスケがしたい。
それだけだった。#当時の僕は
大人になっていろんな世界を知った今考えると、小学生のクセにすごいことをしたもんだなぁ…と思う。
そんなことできるやつなかなかいないな、と。#自画自賛
結局その女子だけのミニバスチームで1年間だけお世話になり、中学でバスケをやるという強い決意をするきっかけにもなったんだと思う。
この時の行動はたぶん僕の中ですごく生きていて、その後の人生に多大なる影響を与えたものと思われる。
とりあえずやってみる。
やってみてダメだったらその時に考える。
そんな考え方の基盤みたいなものがこの時に出来上がったのかもしれないなーと。
そんなことを考えてると、今の小中学生たちに足りないものがみえてくる。
やりたいことがない。
夢中になれるものがない。
たぶんこれだ。
何故やりたいことがないんだろう?
何故夢中になれるものがないんだろう?
でもそれは今の子たちに限った話ではなく、僕ら世代でもあまり変わらなかったように思う。
僕はたまたまバスケをみつけれた。
たぶん体育の授業とかでやってみたら、思ったよりもうまくいって、それを面白く感じたから。
NBAをみてその面白さがさらに倍増して夢中になった。
そして何よりも大切なのは心が動くこと。
この時に、僕の心はものすごく動いた。
体全体に衝撃が走るほどに。ビビビッと。
ワクワクして、いても立ってもいられなくて、すぐにボールを持って外にバスケをしに行った。
そんな感動は人をいとも簡単に動かすことができる。
もっと遡ると、幼少期の僕は志村けんが大好きで、テレビにかぶりついて夢中になってみていた。
志村けんが出てる番組以外は興味がなく、全然みてなかった。
その時から「こんなキラキラした大人になりたい」っていう、漠然とした思いがあったように思う。
その思いは最初は野球に向いた。
プロ野球選手になりたかった。
でも親に「土日がつぶれるからダメ」と、一瞬で少年の夢はつぶされてしまった。
それから数年後、バスケに出会った。
また同じように僕の夢はつぶされてしまうんだろうか…とかドキドキしながら親に言った。
すると親は「バスケならいいよ」と。
……???
ずいぶんカンタンだな。野球の時のあの感じは一体何だったんだ?
父がバスケで県ベスト12に選ばれるほどの選手だったのもあったからだろうか。
なんて勝手な。笑
でも当時、日本にバスケのプロはなかった。
それでもいいと思った。
そんなこと関係なく、純粋にバスケをやることが楽しかった。
だから夢中になれた。
人の行動のエネルギーの源は、心が動くかどうかにある。
虎吉でチケットを買ってくれる人もそうだ。
こどもたちの動画をみたり、このホームページをみて心が動いた結果、チケットを買うという行動に至ってくれてる。
虎吉にきてるこどもたちの大部分は、そういった「体に衝撃が走るほどの感動」がないんじゃないか、と思う。
動いたとしても、それは微かなものでしかなく、行動に至るほどのものでもない。
自分がすごい感動をして即行動に移すタイプの人間で、かつそういう人間はこの世の中には非常に少ない。
だからたまに目の前に現れる同じような人間をみると、ついつい応援したくなって、余計な世話焼きおじさんになってしまう。
でも今のところ、余計な世話を有難く受け取ってくれてるからそれでいい。
世の中には心が動くものはたくさんある。
そしてそれをインターネットを通じて発見しやすい環境にもなっている。
それなのに何故?
これに関しては、親や学校の先生といった、まわりの大人が背中を押してくれない、というのもあるんじゃなかろうか。
あくまで推測でしかないけど、そんな気がしてならない。
幼少期から親のがんじがらめに縛られて、夢中になれるものがあってもそれを共有できない。
共有したとしても僕のようにつぶされる。
そんな子も多いんじゃなかろうか。
あくまで推測でしかないけど。
そんなこんなで、こどもたちが無気力なのは夢中になれるものがないから。
無気力がゆえにありがとうも言えない、ごめんなさいも言えない。
食べれることに対して感動することなんかありゃしないんだもの。
食べ物があるのは当たり前だと思ってるんだもの。
そりゃーありがとうなんて気持ちなんか芽生えないよね。
悪いことをしても、相手の気持ちになれないんだもの。
そりゃーごめんなさいなんて気持ちなんか芽生えないよね。
一度くすぶってしまった心にもう一度火をつけるのはかなりの至難の業。
しかも毎日一緒にいるわけじゃないからなおさら。
ここらへんが今後のこども食堂虎吉の課題でござる。
ご清聴ありがとうございました。



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