春画から学ぶ日本の性事情:こども食堂店主のひとりごと

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torakchi

こども食堂【虎吉】店主。整体師。音楽家。水墨画家。バツ3。元女性風俗セラピスト。元PA(音響)。

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店主のひとりごと

おはようございます。

 

こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。

 

本日のテーマ『春画から学ぶ日本の性事情』。

 

日本には「春画」という絵画がある。

めちゃくちゃわかりやすくいうと江戸時代のエロ本みたいなもの。

 

最近Netflixで「春画」のドキュメンタリーをやってて、興味がわいたので観てみた。

その内容は実につまらないものだった。

専門家とか美術家とかが出てきて、専門用語を並べてなんかよくわからん説明をつらつら並べてるだけで、春画の何を伝えたいのかがまったくわからなかった。

もっと江戸時代の性事情はどうだったのか?みたいな考察を入れてくれるのかと思いきや。

芸術的にどうのこうの、版画の技術がどうのこうの、歴史的価値がどうのこうの…。

個人的にはそんなことどうでもいい。#版画の技術はすげえと思ったけど#それだけ

春画と言えば「性描写」なのに、そこらへんの考察はほとんどなく、何のための春画のドキュメンタリーなのかが僕には全然わからなかった。

 

ひと通り観たものの、あまりにも釈然としないので何か他に春画関連で面白そうなものはないかしら?と探していたら、「春画先生」という映画が出てきたので観てみた。

序盤は春画の面白い考察があって、ドキュメンタリーの方よりもはるかに面白かった。

中盤以降は春画を追いかけ続けてる研究者の先生とその弟子の女の子の恋愛にシフトしていったからイマイチよくわからず。

 

そんなわけで春画から当時の性事情を勝手に考察してみた。

 

春画とは何ぞや

 

春画は江戸時代の男女愛を描いた浮世絵。

 

「浮世」は「憂世(憂き世)」とも表現される。

憂世と書いてうきよと読む。

憂世は、辛く苦しいことの多いこの世、無常で住みにくい現実世界。

世を憂うと書く。

 

言葉自体は平安時代からあったそうな。

それが江戸時代になって「浮世」と表現するようになった。

辛く苦しい世の中を少しでも"ウキウキ楽しく過ごそう"ということらしい。

 

そんな世の中の風景とか街並みとかを絵に描いたのが浮世絵。

 

春画も浮世絵のひとつで、男女の愛を描いたもの。

 

男女の愛とは言っても、少女マンガみたいなプラトニックな感じではなく、かなり生々しい描写になっている。

 

男性器は亀頭やらカリやら勃起してる時の肉々しさ、女性器は穴のまわりのビラビラまで、細部にわたり実に丁寧に緻密に表現されてる。

特に陰毛の描写はすごく繊細で、そこに毛が落ちているかのような生々しさだ。

 

中学生の時に春画を観ていたら、おそらく興奮してそのままトイレに駆け込んでいたであろうことが容易に想像できる。

 

春画は江戸時代に人々の間で流行したらしい。

 

主な役割としてはいくつかある。

性的な描写を笑いのネタとして楽しむための「笑い絵」。

寝室で観るための「枕絵」。

庶民の娯楽雑誌、嫁入り前の娘の性教育の手引き、武士が鎧に忍ばせる「勝絵(縁起物)」などなど、さまざまな役割があった。

 

中には自慰行為の補助として使った人もいるだろう。

江戸時代はネットはおろか、エロ本やAVもない。

想像だけではどうしても興奮できない、なんて時に春画は大いに役に立ったと思われる。

 

そんなエロスが主の役割かと思いきや、いちばんは「笑い絵」として、まぐわう前の男女はもちろんのこと、男同士、女同士、果ては母と娘に至るまで、誰もが春画楽しんだとされてる。

 

一方で春画は庶民にはおよそ手に入らないような高価なものだったため、武士とか一部の上流階級の人たちしか楽しめなかった、という話も聞いた。

 

何が真実かなんてわからないし確かめようもないけど、兎にも角にも春画は人々の間で楽しまれたことには変わりない。

 

そんな春画は明治の文明開化以降、影を潜めた。

理由は急速な西洋化を進めた政府がキリスト教の禁欲主義を倣って、日本古来のあらゆる性風俗を厳しく否定し禁止したからだった。

 

それまでの日本は、混浴、夜這い、村をあげての盆踊りという名の乱交パーティなどなどあらゆる性に関する風習があり、政府も特に何も言わず寛容だった。

 

だからこそ春画も特に罰せられることもなく、おおらかな笑いを生んで人々の間で流行ったものと思われる。

いつの時代も政府というものは何を考えてるかわからない。

 

春画から読み取れること

春画の特徴は、男性器がやたら大きく太く描写されている。

 

馬並みかよ!笑

っていうぐらいに過大評価されている。

 

当時の日本人は身長が現代よりも低かったと聞く。

 

そんなデカイやつばっかりだったハズがない!と信じたい。笑

 

だけどなぜこんなにも誇張した描写なんだろう?

 

現代でも"サイズが大きければ大きいほどいい"みたいな風潮はある。

なので当時もそういう風潮があった、という可能性はじゅうぶん考えられる。

 

そうだと仮定した場合。

 

『サイズが大きければ男として優秀』

 

といった方程式が成立する。

 

だけどそれは現代においては男性側のエゴでしかない。

 

女性が「サイズは大きい方がいい」と言ってるのを僕は直接は聞いたことがない。

むしろ"大きすぎると痛いからイヤだ"と言っている人が多いくらいだから、勘違いも甚だしい。

大きいサイズの方がいいという女性がたぶんどこかにはいらっしゃるんだろうけど、だとしてもそれだけで満足できるか?というとそうでもない。

 

セックスは決してサイズだけで成立するものじゃない。

人間以外の動物や昆虫はわりとサイズで勝負してくるものが多い。

だけどそれは彼らのセックスが一瞬で終わるからだ。

中にはホントに10秒もかからないものもいる。

 

人間は感情がともなうから、そんなわけにはいかない。

 

でも春画には接合部だけを妙に誇張しているものが多い。

 

ということは。

 

当時のセックスはサイズとか表面的なことを重視して、感情はほとんど伴わなかった、という可能性が生まれる。

 

全員が全員ではないのだろうけど、浮世絵で描くぐらいだから「感情のない表面的なセックス」が一般的だった…のかもしれない。

 

…っていうのがひとつの仮説。

これはあくまでものすごく表面的なことから読み取ったもの。

 

表情や仕草に目を向けてみると、表面的なこととは裏腹に意外と柔らかいものもある。

 

作品によってさまざまだけど、中には少女マンガのようにハートが飛び交ってそうな雰囲気のものもあったりする。

 

絵は描いた人の心情や願いが込められてたり、自分が体験したことを絵に描いたりする。

 

春画を全部みたわけじゃないけど、わりと表情が柔らかかったり、幸せそうな顔つきの絵がわりと多い。

 

ってことはこの時代のセックスはわりと皆さん幸せな感じだったのではないか?

と考えることもできる。

 

その根拠は春画だけじゃなく、時代背景にもある。

 

当時は「夜這い」や「混浴」が当たり前の文化だったという説があるし、出合茶屋なるものが街中に普通にあったり、吉原という遊郭が存在してたり、盆踊りという名の村を挙げての乱交パーティが行われていたりと、性に対して皆さん寛容だった。

 

現代よりもはるかに、性に対してどん欲だったっぽい。

 

春画で性犯罪が減る??

江戸時代までは性に対してわりと皆さんがどん欲だったと仮定して。

明治政府が禁欲を推し進めてしまったがために、日本古来のあらゆる性風俗が規制された。春画もその煽りを受けてその存在は陰を潜めてしまった。

 

人々は隠れてコソコソ愛し合わなければならなくなった。

 

それ以降、性に関することはどんどん規制が厳しくなり、僕ら世代がこどもの頃はゴールデンタイムのテレビでも女性の乳首が普通に映っていたのに、現代ではそれもなくなった。

わすか30年の間で激変した。

むしろエロスは恥ずかしいものみたいな扱いを受けている。

 

んなアホな。笑

 

エロスはちゃんと勉強しないと性犯罪が増える。

でもちゃんと勉強する環境が現代の日本にはない。

学校の先生もエロスは恥ずかしいものとして、こどもたちを押さえつけてるのが現状だ。

特に小学校高学年から中学校にかけては思春期だから、誰もが興味津々になっていく。

それは人間として当然の流れで、その時期にちゃんとオープンにいろんなことを話すればその興味は落ち着いていく。

欲求を押さえつけられて、ひた隠しにされたこどもはもっと興味がわく。

人間は隠されると余計に気になるものである。

ちゃんと教えてくれる人がいればいいけど、だいたいの場合そうではなく自己流で性的な欲求を満たそうとする。

そうなると痴漢とか盗撮とか性犯罪に走ったりする。

江戸時代の春画を楽しんでた人たちはエロスに対してすごく寛容で、感情をともなうセックスができてたと仮定したら。

現代の日本人も春画を楽しむようにちゃんと勉強できる場所があれば、性犯罪は確実に減るんじゃないだろうか?

早くこの悪い流れを断ち切らないと大変なことになりそう。

 

ご清聴ありがとうございました。

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