おはようございます。
こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。
本日のテーマは『こども食堂を実際にやってみたら違和感だらけだった』。
こども食堂を始めるまでは、
こども食堂=貧困のこどもたちのためのもの
っていうイメージがあった。
だけど。実際にこども食堂を毎日営業して約1年半。
思ってたものとは全然違っていた。
その中で「何じゃこりゃ?」っていう違和感の極みみたいな感覚がたくさんあった。
こども食堂の違和感とは
こども食堂を始めてからそれなりにこどもたちが来てくれるようになった。
今では毎日、2、3人は必ず来てくれるぐらいにまで成長した。#ゼロの日もある
果たしてそれを成長と言っていいのかちょっとわからないけど、たぶん、のべ100人は軽く超えてると思う。
その中で何回も来てくれてる、いわゆる「常連」みたいな子も10人は下らない。
それがすごいことなのかどうなのかは全然わからない。
まず最初に感じた違和感は、「果たしてこの子たちの中に貧困家庭の子はいるんだろうか?」ということ。
こども食堂を始めた時のこども食堂のイメージは「貧困家庭の子が来る場所」だった。
家でごはんを食べるのがままならない。
そんな子がたくさん集まってくるものなんだ、と。
ところがどっこい。
まずもってこどもがそんな家庭の事情を話すことがあるのか?と。
中には家でごはんをあまり食べられない、っていう子もいるかもしれない。
でもそんな話を僕はこどもから聞いたことがない。
親と一緒に来たこどもはいた。
だけどそれは貧困とかではなく、「シングルマザーなので仕事が遅い時にお世話になります」という、すごく丁寧にあいさつをしにきてくれただけだった。
あれ……??
なんか思ってたのと違うぞ……?
違和感はもうひとつある。
それは「来店してるこどもたちの親がほとんど来ない」こと。
ほとんどとは言うものの、ほぼ100%に近いぐらい。
先ほどこどもたちののべ人数が100人は軽く超えてると言ったけど、その中で親があいさつに来てくれたのは片手で数えれるぐらい。
こんなに来ないものなのか?と。
頻繁に通ってる子で、親にもその話をしてるという子の親の顔も知らない、なんてことはたくさんある。
親にそのことを話してないとか、親に対して「来ないで」と言ってる子もいるから、一概には言えないけど、それにしてもあまりにも来なさすぎじゃないか?と。
僕も親の立場で、虎吉に来るこどもたちと同じぐらいの年齢のこどもがいる。
我が子がそんな場所に頻繁に通ってることを知ったら。
「1回だけ行った」とかだったらもうちょっと様子をみてみようと思うかもしれないけど、頻繁に行ってるってことは、何かしら気に入ることがあったからだろう、と。
たとえばごはんが美味しいとか、居心地がいいとか、店主が面白い人だとか。
どんな理由でそんな頻繁に通ってるのかが気になるので、まずはそこがどういう場所なのかをネットで調べてみる。
その上で虎吉のように居酒屋を兼ねてるのであれば、あいさつがてらお酒を飲みに行く。
次の日、なんならその日に。
店主さんに話を聞いてみたいし。
お店で迷惑かけてませんか?とか。
いっぱい食べるでしょ?とか。笑
そんな世間話をしつつ、我が子の様子を探ってみたい。
もしかしたら家でみせる顔と別の顔をみせてるのかもしれない。とかいろいろ気になるじゃん。
だけど、虎吉に来てるこどもたちの親はどうやらそうではないらしい。
我が子のことが気にならないのかしら?
それとも無関心なだけ?
こっちの違和感は先ほどの「思ってたのと違う」よりもはるかに大きくて、しかも原因を突き止めようがないから非常に歯がゆい。
こども食堂の現実
こども食堂=貧困家庭のこどもが来る場所
僕自身もそうであったように、多くの人がそういうイメージを持ってることは間違いない。
実際、親が「こんな場所に我が子が来てるなんてことを他の人に知られたら恥ずかしい」という人もいた。#失礼にもほどがある
「家で食べさせてないと思われる」んだ、とおっしゃってた。
多くの人がそういうイメージを持っていて、SNSにもそういった類のコメントが多数寄せられてる。
だけど、実際には食べるのに困ってるこどもは虎吉には来ていない。
もしかしたらいるかもしれないけど、わざわざ「自分の家が貧乏だ」なんてことを堂々と言える子が果たしているんだろうか?
僕がこどもの立場だったら絶対に言えなかった。
もしかしたらその事実を隠して来てる可能性もあるけど、少なくとも僕が知る限りでは今のところそういった話は聞いたことがない。
「食」の貧困じゃなくて「心」の貧困
「食」に困ってるこどもは世の中にはたくさんいるかもしれない。
だけど、そういう子たちが実際にこども食堂に来るかというとそうでもない。
今のところ。
あくまで今のところ。
もしかしたらこの先もずっとそのままかもしれないし、実際に食に困ってる子が「こども食堂虎吉」にも来るようになるかもしれない。
オープンしてまだ1年ちょっとだから真実がどうなのかは今はわからない。
食に困ってるなら、今は自宅に食材が届くサービスもあるから、わざわざこども食堂に足を運ばなくても貧困は回避できる。
それよりも、気になるのは「心の貧困」だ。
こどもが無料で食べさせてもらってる事に対して親が何の挨拶もしに来ない。
それどころか、そんなこども食堂のことをママ友数人で悪口を言い合って笑ってるらしい。
我が子が食べに行ってるにもかかわらず、お礼を言うどころか悪く言うってどういうこと?笑
そういう人はもしかしたら僕の見た目とかで判断してるのかもしれない。
そこらへんの真偽は確かめようもないけど、どのみち、悪く言うってことは「良くない」と判断してるってことだ。
そんなところにこどもを行かせるのは大丈夫なのか?と思ってしまう。
基準がよくわからない。
他にも驚いたのは、「お金かからないなら行ってもいいよ」っていう親がいること。
これはこどもから聞いた話。
「マクドナルドとかイオンとか他の飲食店はお金がかかるからダメだけど、虎吉はお金かからないから別にいいよ」と母親に言われたらしい。
そしてその子の親は我が子が10回以上来店してるにもかかわらず、例によって1回も顔を出したことはない。
おかしくない?笑
そんなことを言われてるんだってことを知ってしまったら、たとえ今後親が顔を出すことがあったとしても、まともな対応をできる自信がない。
できるなら、関わりたくないからもう一生来ないでいただきたい。
こどもに罪はないので、こどもたちが来ることに対しては何も思わない。
だけど、どうせなら親子共々関わって笑ってたかったなぁ…というのが本音。
そんなふうに、何回も我が子が来店してるのに親の顔を知らないってパターンはたくさんあって、その子たちは家でも「こども食堂に行ってる」話をしてるらしい。
日本全国でそうなのかはわからないけど、少なくとも「虎吉」周辺ではそういう親が多い気がする。
こども食堂を運営してる身からすると、べつに「お礼を言われたい」という気持ちでやってるわけじゃなく、温かい人と人とのつながりを求めてやってる。
だからこそ「自分のこどもがタダでごはんを食べさせてもらってる」のなら、何かしらの接触があってもいいんじゃないか、と思う。少なくとも僕ならお礼を言いに行く。
でもほとんどそういう人はいないのが現状というのは、心が貧しい人が多いんだなぁと感じた。
「食」の貧困じゃなくて「心」の貧困の方がよっぽど深刻な問題だ。
それこそ、戦後間もない頃の日本なんかは食糧難で今よりも食べるのに困ってる人がたくさんいた。でもあの頃は人々の心が豊かだったから、知らない人同士でも助け合うことができた、って話を聞く。
それが今はどうだ。
ご近所づきあいはあるものの、それは高齢の方とかがほとんどで、同世代の人とのおつきあいはほぼない。虎吉に食材を寄付してくれる人も高齢の方が多い。
人間関係が希薄になってる現代の縮図がここにはある。
これがこども食堂の現実。
これからのこども食堂のカタチ
世間的にはまだまだこども食堂のイメージは「食の貧困に対するボランティア」という感じが強い。
だけど現実はそこじゃなく、ただただ「人と人との距離が遠く、心が貧しくなっている」ということを突きつけられた。
これがたまたまこの場所だったからそうなのか。
年々、こども食堂の数は増えているらしく、2024年時点で10000ヶ所以上のこども食堂が全国にある。

その中で虎吉のように「心の貧困」を問題として捉えてる所がいくつあるのかは知らない。
だけど、プライベートで飲食店に行ってもタブレットでオーダーしたり、お会計も自動でやったりっていうお店が増えてる。
人件費を削減したり、オーダーを間違えたりしないとかいろんなメリットはある。
その反面、人と人が関わることがどんどんなくなってしまってる。その結果、ご近所づきあいなんてほぼ皆無状態だし我が子がお世話になってるのに声もかけないっていう事態が発生してる。
食べた後に店員さんに「ごちそうさま」って言うのは当たり前だと思ってたけど、それすらもできない人はたくさんいる。
大人こども関係なく。
言わないだけならまだマシで、「なんでごちそうさまなんて言わないといけないの?」的なことをぼやいてるのをSNSでみたことがある。
虎吉でも自分から「ごちそうさまでした」ってえるこどもは珍しいぐらいだ。
日本中でそういう感じなんだとしたら。
この国の、こどもたちの未来に不安しかない。
だからこそ僕はこの場所を守らないといけない。
そしてこの「虎吉」のようなこども食堂が増えていってほしいなと、心の底から思う。
ご清聴ありがとうございました。


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