こんにちは。
虎吉の若女将、雑草です。もとい、あゆみです。
今日は朝イチ(虎吉の朝は11時)から、第一次大戦時代が舞台の映画『西部戦線異常なし』を観ております。
第一次大戦下のヨーロッパ、ドイツ軍の若者が体験する凄惨な前線の物語です。
えーこの中に映画及び戦争関連作品マニアックな方はいらっしゃいますかー?
いらしたら手を挙げて下さい。
まっすぐに!ハイ先生に見えるようにー!
1.2.3.4…4名ですね。即、お友達になりましょう。
そして太鼓を打ち鳴らし夜通し踊り狂いながら、『西部戦線異常なし』及び、『ハクソー・リッジ』及び、『ミッドウェイ』及び、『ブラックホークダウン』及び『硫黄島からの手紙』及び『映像の世紀〜バタフライエフェクト』及び『プライベートライアン』及び…キリないな。これくらいにしとくか。
これらについて熱く語り合いましょっ!
是非ともーっ是非ともよろしくお願いいたしますわっ!
ん。
あれあれあれ。
またか。
そうじゃなくて。
女性では珍しいよね?とか、よくわからない事を今まで散々言われて来ましたが、私は若い時分より、丁寧に作り込まれた戦争映画を数々観漁って参りました。
私は学が無いもので、学校ではどんな教育がなされていたのかがわからないんですが、自分なりに興味がある事は本と映画と音楽を深掘りして、世を知って参りました。
それでけっこう何とかなるモンなんですよね。知識。
興味があるから、知りたいから、読んだ本とか観た映画とか関連のある音楽とかから、ちゃんと情報を覚え込むモンなんですよね人間って。
戦争に関連する情報や作品に興味が沸いた原因というか、そこにこだわって入れ込んだ理由は、大きく2つあったように思う。
たぶんね。
たぶんこの2つなのよ。
まず1つめが。
私がまだ幼かった頃、イラクとクェートを中心とした湾岸戦争が勃発。
連日ニュースではその日の戦線の進行の状況や、暗い夜空に浮かびあがる黄緑色の光の映像…あれはたぶん赤外線画像か何かでしょうね。
飛び盛る弾丸や砲弾、着弾しての爆発など、激しさを増す戦闘の様子がテレビから流れていて。
砲弾に砕け散った白い石造りの建物の残骸から、血まみれになった老若男女が運び出され、同じ数だけの、親しき人の不幸に泣き崩れる老若男女が映し出されていて。
それは遠い遠い国で起きた戦争だったのだけれど、幼過ぎた私にはその距離感がわからず、故に明日にでも戦闘が日本に上陸して、爆撃され家を失い、ボロ雑巾のように死ぬのだと思い込んだ。
おりしもその頃は、1999年7の月に恐怖の大王が降り立つというアレ、まことしやかに世界滅亡を示唆する『ノストラダムスの大予言』なるものが世間に流布していた。
ノストラダムスの大予言という書籍は知らぬ人が居ないくらいに認知され、特別番組までいくつも組まれていた。
何事もなく済む話ではないと幼子が思い込むには、充分だったんじゃないかなと思う。
ただ私がお馬鹿ちゃんだったからじゃない。(と思いたい)
私の頭の中で凄惨な湾岸戦争のニュースと、ノストラダムスの大予言は簡単に結びつき、あの戦争が激化して世界大戦となり、1999年7の月にとうとう世界が滅亡するのだと。信じた。
私は20歳まで生きる事が出来ないのだと、夜な夜な泣き崩れた。
物事をリアルに感じ過ぎてしまう傾向のある幼子で、私と同じような事になってしまっていた子は、私以外にも居たであろうと思う。
タイミング悪いぜ。
それが起こり得ないと言い切れるだけの根拠を揃える事なんて出来ない幼子だったんだもん。
かくして戦争というモノへの恐怖心は、確実に深く私の心に刻まれていった。
まぁその後、ノストラダムスの大予言はストンと外れて、何事も無かったかのように私も大人になっていくんだけれど。
それと同時に戦争への恐怖心が消え去る事は無かったんだな。
私という人間はチキンである。
臆病者でビビり屋であるって意味の方のチキンね(わかるか)。
で、恐怖心を抱いた対象について、出来る限り調べ上げてどーにか恐怖心を薄めようとする性質がある。
わからない事が多ければ多いほど、そのモノに対する恐怖心は消すのが難しいからだ。
ノストラダムスの大予言が不発に終わるだろうと予測が立つ根拠を揃えられなかったから、いつまで経っても同じ熱量で不穏な恐怖が消し去れなかったのと、たぶん同じ事なんだと思う。
怖いからわからないから、その事にこだわり調べ上げる。
この癖の根源は、こんな幼い頃に始まったんだなぁ。と感慨深いものがありんした。
こうしてたまに昔の事を思い起こすのって、今までそこまでして来なかったけど、案外大事ね。
うんうん。
そして2つめ。
私が若き頃より親しんで参りましたパンクやロックの分野には、『反戦』を謳いパッチを貼り付けている勢が、少なからずいらっしゃる。
私は、反戦を謳うからには、そんな方々を支持するからには、戦争が何たるかを知らない事では済まされないと思っておりました。
本、映画、ドキュメンタリー、あらゆる戦争関連作品を摂取していきました。
ただ、本気の戦争関連作品とは、内戦から紛争から、民族の虐殺から人種差別から、第一次・第二次大戦からベトナム戦争(…まだ他にもまだまだあるね)、とんでもない数のとんでもない質量の、とんでもないエネルギーを使わないと得られない作品で溢れてる分野だったんですよね。
でも観たい知りたい衝動が、欲求が、自分の中にある。
とんでもないエネルギーを使おうが、とんでもない頭のリソースを取られようが、全然構わなかったので、手当たり次第観漁った。
あぁ観漁った。観漁った。
どれだけの時間を費やしてきたか、正直もうわからない。
それでも、どれだけ観たってそれは所詮、視聴して知識を貯めた。
くらいな事に過ぎない。
日本に生まれ、戦争を知らずにー僕らは生まれたー🎵の世代である私には、戦争をわかると軽々しく言えないものがあって。
戦争とまで行かない内の、発端の発端までを鑑みると、あまりに数多く、あまりに根深くて、人とは、国とは、くらいのレベルの話をしなくちゃいけなくなるわけで、とてもじゃないけど追いつけない。間に合わない。そんな答えにばっかり行き当たる。
それと同じ量の意味合いで、この程度の私ごときが反戦を掲げる事は憚られると思っている。
あ、そう。
そうなのー。
私そうなのー。
気持ち悪いレベルの真面目が脳内に居候してるんですよ私。
普段ふざけ散らかしておりますのに。
やーだ奥様。
おほほほ!おーほほほほ!
ぐ…失礼。
話戻しますね。
そんな事を考えている私の目の前で、反戦の文字のパッチを付けたパンクスが酔っ払い、よその看板をブチ倒したあげく、怒りに来たそこの店員さんと揉め倒し、突き飛ばし怪我をさせ、警察を呼ばれた所で叫んだ。
お前んとこの店にこれから火付けてやるかんな!俺にナメた口聞きやがって!死んでから後悔しろよこの野郎ォォーッ!!
…んあ?
反戦…反戦って何だっけ。
こんな手前の、こんな平和な日常にさえ争いを生み出す奴の、何がどう反戦なのか。
いい加減にしていただきたい。
わりと、この手の人たちは多かった。
私はそっと、そういう人たちから距離を取り始めた。
ふすん…寂しい。
そんな虚しい事もあったけど、戦争関連作品を長年観漁って、映画マニアの方とも戦争の歴史に詳しめな方とも話ができるくらいまで知識と見解が培われた。
おほほ。
やったった。やったった。
石の上にも三年。
学の無い女にも映画と本とYouTube。
重く深刻でシビアな問題にそこまで入れ込む女として珍しがられようが、多少マニアックな女として認識されようが、私は自分のこういう部分を恥じてはいない。
寧ろ。
ちょっと好き。
いやゴメン、ちょっとじゃないわ。
かなり好き。
私が知識とか見解を得られたのは、頭が良くなりたかったからでも偉くなりたかったからでもない。
そんなん順当な人生から踏み外した10代の頃にとっくにどっかに飛んでった。
もっと単純。
至極そのままなのよ。
興味が湧いて、知りたいの欲動があって、深掘りしていって。
面白いが満ちて。
知識が満ちて。
考えて。
時が満ちて。
考えて。
考えて。
それだけ。
それだけが全て。
その『それだけ』があるだけで、人生は遥かに違う。
私は普段、非常にスッとぼけた人間で、歩こうとしただけで壁や棚にぶつかったり、話そうとした事を話してる途中で見失ったりする程の訳わからん事を巻き起こしているのだけれど。
興味が働いて知識や経験を貯めた事がある物事にだけ、ちょっと信じらんないくらい敏速に反応して頭を働かせる事が出来る。
というか、頭が勝手に反応する。
だから興味ってやつは凄いよ。
興味が高じて知りたい欲動になったらもっと凄いよ。
きっとそこに何か脳内麻薬とかエネルギーが発生しているよね。
脳内麻薬は合法だから、堂々と生成して、堂々と乱用して、次から次へと知識を摂取して堪能できる。
間違いなく脳は活性化されてるしね。(多少強引でも)
知識が貯まれば、その分また他の作品を摂取する際にも勘が働くし、自分なりの見解が生まれていく。
ちょっと自分の頭も良くなったように思える。
たぶん(笑)
いま、日常に映像の配信サービスがある事が一般的になり、私もその恩恵を受けて、昔より気軽に映画もドキュメンタリーも摂取できるようになっている。
本もなんだ、電子書籍とかで、スマホをピッとしてプッと登録とかしたら、何か読めるんでしょ?(そう。私は本は紙派)
私の戦争関連作品への興味と同じように、若い人はもちろん、そうでない人も、自分の『気になる何か』を見つけてそれに邁進するのをお勧めしますだよ。
そんなこんなで、いわゆる戦争モノに造旨が深まり、ちょっとやそっとのリアル描写にも動じない。
昨日ネットフリックスでの配信がまた新たに始まった『火垂るの墓』も、繰り返し繰り返し観て、台詞を覚え込んでいる程だ。
その夜も配信がスタートしたのを確認して、迷いなく再生ボタンを押した。
何度観たかわからない、清太と節子が戦争に翻弄されていく様が展開する。
覚え込んだ台詞。
いつ観ても変わらない顛末。
こんな子供たちが、どれだけの数居たのだろうか。
エンドロールが始まったあたりで、虎吉店主がこちらを見た。
やめろ。
やめてぇ。
見ないでくれぇ。
それまで抑えていたものが、もうバレたからには仕方ねぇ!とばかりに溢れ出した。
うえっ…ゔゔぅ…
私は年甲斐もなくむきだしの嗚咽を止められなくなった。
ゔぇっ…ゔゔぇーーっ
アガッアガッアガッ…アーーーッ!
アァーーーーッ!ヴェーーーン…
ズルズルズルッ…
ヴァーーーーァアーーッ!
そう。
数多ある戦争関連作品に慣れていようが、繰り返し繰り返し観て台詞まで覚え込もうが、心が動かないという事には、一向にならない。
そりゃこうなるんだわ。
そりゃあこうなりますわ。
私はきっとこれからも、戦争モノを観続ける。
虎吉でこういう作品を流している時もあるので、たまたま寄った子もはずみで観るなんて事もあるかも知れない。
ある人は言う。
こんなん子どもの頃観たらトラウマになってしまう。
トラウマに
したいのよ
これは戦争
トラウマになる程の事
これがやまないのが世の中
トラウマになる程の事
とか何とか言いながら。
きっと私は。
アガアガ泣いて、ズルズル鼻を垂らして、観続ける。
遠い国、近い国。
いつもどこかで。
戦争がなくなることはないこの世の中で。
では。
今宵はこれでおいとまいたしまっ。
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