「ナメんなよ」って言葉に出しちゃうと人間の価値が下がる:こども食堂店主のひとりごと

店主のひとりごと

おはようございます。

 

こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。

 

本日のテーマは『ナメんなよって言葉に出しちゃうと人間の価値が下がる』。

 

別に超絶どうでもいい話なんだけども。

 

身近にそういう人がいらっしゃって、ずっと違和感があったのでここに吐き出してしまおうかと。

 

ナメんなよ

 

って口に出される方は一定数いらっしゃる。

 

言い合いになった時とか。

#実際に聞いたことはあんまりない
#でもたぶんたくさんいるっぽい
#僕は身近な人限定

 

僕はその人に出会うまでは「ナメんなよ」って言葉を聞いたとしても違和感を覚えたことなんて1ミリもなくて、ただの売り言葉に買い言葉ぐらいにとらえていたので、そんなに深い意味は考えたことがない。

 

でもその方がよく使ってらっしゃって、なんかイヤだなーっていう感覚を覚えたので、深く意味を考えてみたらめちゃくちゃカッコ悪いなーと思った次第でござる。

 

そして僕の中でのその人の価値がものすごく急落した。

 

その理由は、その言葉を発動させた張本人が人をナメくさっているからだ。

 

それがわかった瞬間に「あーー、これはもはやこの言葉がっていうよりこの人の人間性の問題だったんだ」ってすごく腑に落ちた。

とはいえ。

「ナメんなよ」って言葉はそもそもそんなにイイ言葉ではないなとも思った。

 

ナメんなよは「ナメる」っていう言葉を否定命令にしたもの。

 

「ナメる」は相手を軽く見みるとか、バカにしたりとか、要は自分よりも格下と蔑むこと。

 

ナメんなよ

 

って言葉を発動してしまうのは、自分がナメられてると思ったから。

 

僕も言われたことがあるけど、ナメてるつもりなど1ミリもない。

 

でも相手はそんなふうに感じてしまった。

 

いや……全然そんなつもりないんですけどぉ……

 

って言ってみたところで、時すでに遅しで、なんか激昂してらっしゃるので聞く耳を持ってくれない。

 

なぜ???

 

そんなつもりは1ミリもないのに?

 

その意味が全然わからなくてめちゃくちゃ考えた。

そしてようやく謎が解けた。

 

これは相手の人がプライドが高いわりに自分に自信を持てていないからだ、と。

自信っていうものは自分が何を積み上げてきたかで変わる。

信念を持って積み上げてきたものだったらそれは揺るぎないものになって、自分以外のまわりの人間はいい意味でどうでもよくなる。

 

でも信念のない空っぽのものを積み上げてきた場合はブレブレでめちゃくちゃ脆くて儚い。

 

それはまるでハリボテの高層タワーのような感じ。

強い風が当たったりするとすぐに倒れてしまう。

 

本人はそのことに気づいているのかいないのか。

気づいてて見て見ぬふりをしてるのか。

 

おそらく気づいてて見て見ぬふりをしてるだけなんだと思う。

 

ハリボテだとしても、積み上げてきたことには変わりないから、同じくハリボテの自信はある。

ハリボテなのでパッとみはすごく自信家にみえるけど、裏打ちされたものがなくて空っぽだ。

 

バカにされたり見下されたりすると「ナメんなよ」が出てくるのは、それが図星でもあるからだ。

 

ホントのことを言われて自分が押しつぶされそうになって自分を保てなくなって相手を攻撃するしかなくなる。

 

そして厄介なのが、空っぽの自信とともに築き上げたプライドがあること。

 

プライドは言わば「おれがいちばん最強だ」という思い込み。

 

思い込むのは素晴らしいこと。

 

だけどそれは自信よりも中身が空っぽで手でちょっとツンツンってしただけで崩れてしまうもの。

だから他の人にバカにされたりするだけでも勝手に劣等感を感じて崩れちゃう。

 

崩されまいと、俺の方が優れてるぞと言わんばかりに相手をけなして落とそうとする。

 

その結果「ナメんなよ」が出てくる。

なのでこれは言葉自体には何の罪もなくてその人の人間性の問題。

とはいえ。

僕はその人の「ナメんなよ」を聞くまではべつに何とも思ってなかったものの、その言葉を本気で言うことってあんまりないなと。

冗談っぽく言うことはたくさんあるし、もはやその言葉自体がギャグとして生まれたんじゃないか説。

今となっては懐かしいファミコンソフト「熱血高校ドッジボール部」というゲームでリセットボタンを押すと「ナメんなよ」って言ったりとかさ。#わかる人いるかなー

ギャグ説が自分の中でかなり有力だったからそれを本気で言っちゃう人に対して価値を感じれないんだ、って理解できた。

 

ちなみに。

 

ホンモノの自信がある人は信念を持って積み上げてきたものだから、ちょっとやそっとのことでは揺るがない、強固なものになってる。

 

ナメられようが何を言われようがスーッと受け流すことができる。

 

ビクともしない。

 

むしろ相手にナメさせてその人の人間性をみるらぐらいの余裕まである。

 

こども食堂で僕はあえてこどもたちにナメられるようにしている。

そうするとこどもたちは僕を下にみるので、本気でぶつかってくる。

 

その子がどんな人間なのかをみるのにはちょうどいい。

 

尚、これはこどもに限らず大人にも共通すること。

 

むしろ大人の方がこどもよりも複雑で自分を隠すのがうまいから、まともに相手しても人間がみえないこともある。

ナメてもらうようにするとその人の人間性がみえやすい。

 

だから僕は「ナメんなよ」よりもむしろ「ナメてください」だ。

 

それはそれでなんかヤダな。笑

 

ご清聴ありがとうございました。

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