おはようございます。
こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。
本日のテーマは『中学生男子のための恋愛の教科書』。
初級編。#どーん
好きな人ができた、とか。
彼女ができた、とか。
セックスしてぇ、とか。
女の子に対していろんな(×2)興味がわいてくるお年ごろ。
日々、自分の気持ちの変化に戸惑いを感じてることだろう。
大丈夫。
それは人として、男として当然のことだ。
何もあせることはない。
誰にも相談できないこともあることだろう。
不安でたまらないだろう。
僕も中学生の時はそんな感じだった。
そういうツラい思いをたくさんしていろんなことを乗り越えたら、今度は逆に結婚を3回するほどのチャラ男になってしまった。
そんな経験をふんだんに盛りこんだ「恋愛の教科書」だ。
これを読めば少しはその不安な気持ちがやわらぐ。
そして楽しい恋愛ができるようになること間違いなしだ。
それでは始めよう。
恋愛ってナニ?

そもそも。
恋愛って何なのか。
ひとことでまとめると「種の存続のための手段」である。
何を難しいことを言うとんねんってなると思うけど、まとめるとそうなりますねん。
恋愛っていうワードだけをみると。
女の子と一緒にどこかへ出かけたり、公園でふたりでしゃべってたり、「好きだよ」とか言ったり
なんかちょっと小っ恥ずかしいような、目をふせたくなるような甘酸っぱい「いろいろ」を思い浮かべると思う。#古い?w

確かにそれも恋愛だ。
でもそれは恋愛の一部分でしかない。
氷山の一角だ。
恋愛はものすごく奥が深くて、いろんな形がある。
甘酸っぱい恋愛っていいよね。
これは何歳になっても同じ。
40歳になっても。
60歳になっても。
一生続くのが恋愛だ。
だからキミは今その入口に立ったばかり。
まだまだわからないことだらけだ。
これからステキな恋愛をするかもしれないし、しないかもしれない。
どうせならステキな恋愛をして人生を楽しいものにしよう。
さて、本題に戻ろう。
恋愛って何なのか?
冒頭で「種の存続のための手段」と言ったけど、この話はちょっと難しい話になるので「上級編」で話をしよう。
それもまた恋愛のひとつの「形」で、もっと違った形もある。
初級編のここでは、恋愛は「人と繋がるための練習」ととらえるといい。

こんなふうに言うとすごくかたくるしいイメージになるかもしれないけど、大丈夫。
中身はすごく柔らかい。
恋愛はひとりではできない。
相手がいてこそのもの。
ステキな恋愛をして人生を楽しくするためには、自分だけよければいいというわけにはいかない。
たとえばふたりでごはんを一緒に食べる時。
キミはマクドナルドを食べたいとしよう。

でもお相手の女の子はマクドナルドが好きじゃない。
この場合どうする?
それでも強引にマクドナルドに行きたいと思うか?
そんなことをしたらお相手の女の子はどんな気持ちになるかを考えるのが恋愛だ。
お相手の女の子に同じことをされたらキミはどんな気持ちになる?
「なんでおれの好みを考えてくれないんだろう?」
っていう、ちょっとイヤな気持ちになるんじゃないか?
逆に。
お相手の女の子がキミのことをちゃんと考えてくれて、「〇〇くんはマクドナルドが好きじゃないから何か別のものを食べよう」と言ってくれたらどうだ?
「おれのことめっちゃ考えてくれてる…!」
って、すごく嬉しくなるんじゃないか?
そういうことを常に考えるのが恋愛であり、人と人が繋がるためのルールだ。
それができないヤツは恋愛関係なく、いずれ友達もいなくなって、ひとりぼっちになって誰にも相手にされなくなる。
寂しいぞ?そんな人生は。
そんなふうにならないようにするためにも、人の気持ちを考えたり、相手の立場に立って物ごとを考えれるようになるための練習が恋愛だ。
好きになるってどういうこと?

人を好きになる。
それは、どんな人に対しても起こる感覚。
親、友達、兄弟、先生。
その中でも、「特定の女の子を好きになる」というのは特別なもの。
なぜなら、それが冒頭の「種の存続」に大きく関わってくるからだ。
ちょっとだけ小難しい話をすると。
年齢が中学生ぐらいになると、男として成長し始める。
背が伸びたり、筋肉がゴツゴツになってきたり、声が変わったり、アソコに毛が生えてきたり。
特にアソコに毛が生えるのとかは恥ずかしいことと思うかもしれないけど、人はみんな遅かれ早かれ、女の子にだってそういう変化は起こる。
何も恥ずかしがることはない。
それと同時に女の子に対して興味を持つようになる。
それはいわば、「将来の結婚相手を探し始める」こと。
動物や昆虫だって、成長して大人になれば結婚する相手を探し始める。
セミがギャンギャン鳴くのも、クジャクが羽根を広げるのも、全部結婚する相手を探すための行動だ。
そしてメスがオスを受け入れて交尾をしてこどもが生まれる。
そのための本能だ。
人間として、生き物として、種を存続させるために「人を好きになる」という機能が備わってる。
人間が動物だからこその本能だ。
そんなふうに考えればいい。
「種の存続」の話はこれで終わりじゃないぞ。
もっとリアルで生々しい。
お楽しみに。
気になる人ができたら・・・

それは、ある日突然やってくる。
その子としゃべりたい。
その子に触れたい。
その子をずっと見ていたい。
しゃべりたいのにいざ目の前にその子がいると固まって何もできなくなる。
心臓が飛び出るぐらいドキドキして止まらない。
いろんな感情が渋滞してわけがわからなくなる。
もし、その子と目が合ったりなんかした日にゃー、パッと目をそらしてしまうほど恥ずかしい気持ちでいっぱいになるだろう。
わかるぞ、その気持ち。笑
僕自身、中学生の時はすごい奥手で女の子としゃべることが苦手で、すごいそっけない態度をとることが多かった。
好きな女の子に対しては目も合わせられなかった。
でもそれは、男としての成長の証だ。
なんなら生物として、動物として成長しようとしてる証。
何も恥ずかしいことじゃない。
むしろ誇らしいことだ。
そしてそれこそが恋愛の入口。

ちゃんと自分自身と向き合うことが大切だ。
恥ずかしいからといってその気持ちを放ったらかしにしても、どんどん膨らんでいって余計に苦しくなる。
もしかしたら、まわりの友達も同じような苦しみを抱えているかもしれない。
中学生の男子はそういうことを「恥ずかしいこと」ととらえたり、好きな人ができたりすることをイジったりバカにしようとする。
だけどそれは絶対にやっちゃいけない。
なぜなら、それは人として、男としての成長を止める行為だからだ。
女の子を好きになって、それをバカにされてしまったら、「もう二度とそんなことしたくない」と思ってしまう。
またバカにされてしまうから。
そうやってずっもまともに恋愛ができないまま大人になって、寂しい思いをしてる人間はたくさんいる。
もう一度言う。
友達や自分以外の男子が女の子を好きになったということを知ったら、その時は全力で応援してあげてほしい。
もし友達がどうしていいかわからない、と相談してきたら、「それは男として成長してる証なんだ」と言ってあげればいい。
そして、ゆっくり時間をかけて解決する方法を一緒に考えればいい。
その気持ちを相手に伝えるのか。
ただ黙ってその女の子を見守るのか。
選択肢はそんなにないけれど、ひとりで抱え込むよりかは、誰か全力で応援してくれる人と共有すれば心強いし、気持ちもラクになる。
昔から日本では恋愛なんてするヤツは軟弱者だとか言われてきた。
僕が中学生の時でもそういう文化は当たり前だった。
女の子をジッと見つめただけで「おまえアイツのこと好きなん??」とか言われてイジりが始まる。
べつにただボーッとしてただけでもそんな感じだ。
今の中学生でもそれは変わらない。
ウン十年経ってるのに進歩のない我が国ニッポン。
どうかしてるぜ。
たぶん、それは大昔にロクに恋愛もできないモテないどっかのエラいオッサンが言い始めたとかなんだろうよ。
つまり何が言いたいかというと、好きな人ができたことをあんまりカンタンにしゃべらない方がいいってことだ。
しゃべる相手は慎重に選んだ方がいい。
相手を間違えると、イジられて最悪の場合恋愛をすることに臆病になってしまう。
恋愛は悪いことじゃない。
続きは【中級編】にて。
ご清聴ありがとうございました。



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