おはようございます。
こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。
本日のテーマは『こどもにイラッとした時の対処法』。
こどもにイラッとする瞬間はどうしてもある。
たぶん菩薩様でも、一瞬たりともイラっとしないなんてことはないんじゃないかな。
僕自身もある。
こども食堂なんかやってると、常にイライラとの戦いだったりする。笑
しかも我が子じゃないからあまりヘタなことはできないのが、またさらにイライラの増幅装置になって襲いかかってきやがる。
そんなワタクシが霰のように襲ってくるイライラを、華麗にスルーして日々を快適に過ごすためにやってること。
そんなお話。
こどもの行動には意味がない
大前提として。
こどもは予測不可能な生き物である。
年齢にもよるけど、だいたい高校生ぐらいまでは予測不可能な行動をする。
人間は自分の予想する範囲外のことが起きると戸惑ったりパニックになったりする。
それが自分にとってものすごく都合の悪いことだと、自分の身を守るために攻撃態勢に入る。
それがイライラの正体。
わが身を守ろうとする本能みたいなものだと思われる。
何の前ぶれもなくお店のカウンターの中に入ってきたり、僕のパソコンの所に置いてあるお菓子を勝手に持っていこうとしたり。
突然大合唱し出したり。
奇声をあげたり。
とにかくこっちの予想の斜め上をいく行動をしやがる。
そんな時はもれなくイラっとする。
そこに意味があるのか?と問うと「わからん!」とか「知らん!」と返答がくる。
ただの意味不明の行動ならまだいい。
でも人によっては「窃盗」になるようなことも平気でやりやがる。ただの犯罪者じゃねぇか。
彼らには自分のまわりの世界などみえてない。
みようともしていない。
あるのは常に「自分が楽しいか否か」。
しかもそれは人によっててんでバラバラ。
つきあいが長くなればある程度はわかってくる部分もあるものの、それでもやっぱり時々わけのわからない行動をしてビックリさせられる。
それを避けるには、
想定外のことが起きるものだ
という覚悟を常に持っておくこと。
その覚悟を持つためには、世の中のいろんな事象を知っておくことが大切。
そうすれば大概のことは別に驚きやしない。
朝のコーヒーブレイクと何ら変わりない平穏な時間を過ごせる。
自分を省みることが大切
「年寄り笑うな行く道じゃ。こども叱るな来た道じゃ」という言葉がある。
自分も昔はこどもだった時があり、いずれは老いていくのだから、お互いを思いやって生きていこうよ、という意味だ。
なんて素晴らしい言葉なのかしら。
たしかに。
自分がこどもだった時、ボロクソに怒ってくる大人もいたけど、そんなに怒らない大人もいたよな…。
その怒らない、優しい大人に救われたことあるよな…。その大人がカッコよくみえたよな。
僕はどっちの大人になりたいんだ?
どうせなら僕はカッコイイ大人になりたい。
カッコよくて優しい大人になって、ひとりでも救われる子が増えたら幸せだ。
こどもにイライラしそうになった時。
僕は自分の小さい頃を思い出す。
自分がいかに自分勝手で大人に迷惑をかけていたこどもだったかを思ったら、こんなもん全然マシじゃないか、と思える。
人のこと言えないぐらいのことをたくさんしてきたじゃないか、と。
人生、何でもやっておくべきだなと思う。
こどもの行動にイライラしてしまう人は、こどもの時に何もやらかしたことがないんだろうか?
大人に迷惑をかけたことがないのかしら?
そんなやついねぇだろ。
まぁ仮にいたとしたらさぞつまらん人生なんだろうな。
個人的にそんなやつとは関わりたくない。
「年寄り笑うな行く道じゃ。こども叱るな来た道じゃ」
江戸時代ぐらいからこの言葉はあるんだそうな。
つまり人間の本質は昔から何も変わってないということだな。
同じ目線に立つな
こどもにイライラしてしまう人の特徴として、
「こどもと同じ目線に立ってる」
というのがある。
どう考えてもあなたの方が人生の先輩で、あなたの方が経験値がケタ違いに上なのに、どうしてもっと余裕を持って接することができないのか?
どうして同じような立ち位置でものをみてるのか?
もっと上から目線でものをみればいいのに。#いい意味で
先ほどの「こども笑うな来た道じゃ」にも通ずるところがあるけど、子供時代のことを覚えてないのかしら?
「あー…おれにもこんな時代があったなぁ…」
って微笑ましく眺めてりゃいいのに。
それを象徴するような出来事があった。
昨日。
買い出しに行くために原チャに乗ってバイィーンと走ってた時、たぶん小学校3年生ぐらいであろう男の子がチャリに乗って飛び出してきた。
僕はそんなにスピードを出していなかったので、当たりそうになることもなく、何事もなくその場は収まった。
その後ろにお母さんがいて「すいません…!」的な顔をしてこちらに頭を下げてきた。
「いえいえ…何とも思ってませんよー♡」と僕も笑顔で会釈をした。
たぶんこの状況、同じ目線に立ってしまってたらかなりイライラするんだろうな、と思った。
僕はその瞬間に自分がこどもだった時のことを思い出して「おれにもこんな時期があったなぁ…」と、ちょっと懐かしくなって胸がホッコリしていた。#だから笑顔で会釈できた
仮にお母さんが「危ないやんけ!」みたいな顔して睨んできてたとしても、イライラすることはなかっただろう。
ビックリはしたけど。
この時の僕は同じ目線には立っておらず、かなり上から目線でこどもをみていた。
そうすればだいたいのことは笑って見過ごせる。
でも世の中には大声を出して怒鳴り散らす大人もいる。
しかもまだ幼い未就学児とかに対して。
恥ずかしいったらありゃしねぇ。
なんでそんなことできるんだろう?って考えて、同じ目線に立ってしまってるんだろうなぁ、という結論に達した。
イライラの原因は常に自分にある
つまるところ、イライラする原因は常に自分の中にある。
ただただ自分が未熟者なだけ。
予測ができていなかったり、自らの経験が浅かったり。
ずーっと他責で生きてきたとか。
イライラしたのを自分のせいにすればすべてが丸く収まる。
これはこどもだけじゃなく大人相手でも言えること。
ん!?
って思うことがあっても「自分に非はなかっただろうか?」って考える。
必ずどこかには自分に非はあるもの。
仮にどう考えても自分に非がなかったとしても、無理やり「ここはおれが悪かったな…」って考えることで「次は気をつけよう」ってなってイライラなんかしなくなる。…し、人間的に成長できる。
そんな事例があった。
虎吉に小学校4年生の女子「Mちゃん」が来て、すごく生意気ですごくイライラしたことがあった。
こどもに生意気なことを言われるのには普段から慣れてるはずなのに、その子だけはなぜかイライラが止まらなかった。
なんでぇ?
その子が帰ってから考えたところ、こどもに生意気なことを言われるのに慣れてたのは"ある程度関係性ができてるから"だった。
Mちゃんは何回か来てた(らしい)けど、僕が直接やり取りしたのはその日が初めてだった。
初対面からこれだけ生意気な態度で来られたことがあまりなかったから、戸惑いと驚きがあって"臨戦態勢"に入ったものと思われる。
「何がしたいんだコイツは?」と。
「来ないで…!」と。
普段、生意気なことを言ってくるこどもたちは、しっかりとした目的がある。
僕とイチャつきたいのだ。#と思う
つまりコミュニケーションの一環。
僕もそれがわかってるからあえて辛辣な態度をとって笑いに変えたりする。
こどもたちにとってそれが楽しくもあるのだと思う。
僕自身も楽しいし嬉しい。
だから彼らは頻繁に来る。(のだと思わせてくれ)
でも生意気な「Mちゃん」に関しては、初対面からいきなりそんな感じだったので「?」ばっかりが頭の中を駆け巡っていて、どうしていいかわからなかった。#厳密に言えば初対面じゃない
この時の僕は彼女と同じ目線に立っていた。
だからイライラした。
なんて未熟者なんでしょう。
そう反省して、次に来た時にはしっかり心構えをした。
なぜそんなにも生意気な態度でくるのかはまだわからない。
もしかしたら、家庭の事情で父親との関係がうまくいってないのかもしれない。
大人の男の人とコミュニケーションのとり方がわからないのかもしれない。
仮にコミュニケーションをとりたくてそんな態度なのだとしたら?
ヘタクソにも程があるけど、まだ10歳のお子ちゃまだ。男性と接する経験がほぼ皆無なのだからしかたない。
めっちゃ上から目線で接することにした。
生意気な言葉を言われてもその上からさらに被せるように僕も攻撃的な態度に出た。
するとどうだ。
キャッキャキャッキャと楽しんでいるではないか。
僕もイライラすることはなく、そのコミュニケーションを楽しんでいた。
ほうらやっぱり。
家庭の事情がどうとか、そんな細かいことはわからない。
だけど、それ以降も何回も来てる。
彼女は基本的に生意気な態度で接してくるけど、それはこちらのリアクションを楽しんでいるようにもみえる。
それが彼女なりのコミュニケーションなのだ、と。
彼女は僕に甘えているんだ、と。
仮にこのまま成長したとしたら、彼女の性質を理解できる男はいるんだろうか、、、。
めちゃくちゃわかりにくいぞ。笑
僕自身、初対面の人にそんなふうに甘えることは経験がなかったから、戸惑いがあった。
そこは僕に非があった。
そういうこともあるんだ、と。
基本、初対面からそんな生意気な態度でくるやつは無視だけど、その時は一緒に来てた同級生の女子もいて、その子はわりと知ってたから対応せざるを得なかった。
でもその結果、僕自身が考えを深めることができたから、その子にも"ありがとう"だな。
瞬間的にイラっとするのはもうどうしようもない。
我が身を守ろうとする本能だから。
ただ。
自らの感情をコントロールすることができるのが「大人」だろう。
そこから自分を省みることができるのが「大人」だろう。
こんなこと言ってる僕自身も瞬間的に「イラっとする」ことはある。
ほんの一瞬。0.1秒ぐらい。
でもそれがこども相手だったら、すぐさまその感情を抑え込もうとする。
絶対にバレないように。
感情ぶつけられたこどもの心には傷しか残らない。
しかもそれが自分よりもはるかに年が上の大人なら、その傷の深さがハンパないのは他ならぬ僕自身がよく知ってる。
そんな思いをさせることを知っててあえて感情をぶつけるなどできるはずもない。
嫌だ。
以上です。
ご清聴ありがとうございました。


コメント