【結婚の価値】結婚に対して何の価値も感じない人の見解:こども食堂店主のひとりごと

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torakchi

こども食堂【虎吉】店主。整体師。音楽家。水墨画家。バツ3。元女性風俗セラピスト。元PA(音響)。

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店主のひとりごと

おはようございます。

 

こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。

 

本日のテーマは『結婚の価値』。

 

価値観は人それぞれあって、誰ひとりとしてピタッとハマる人はいないこの世の中。

 

もしかしたらいるかもしれないけど、限りなく確率は低いのではなかろうか。

 

・・・ということを念頭に置いて。

超個人的な価値観のもと、結婚について考えたことを全部吐き出したい。

 

僕自身結婚を3回した経験があるので、それなりに説得力があるんじゃなかろうかと思う。

 

そんな僕は結婚に対する価値を1ミリも感じていない。

 

今は。

 

昔はそれなりに価値を感じてた時期はあった。

じゃなかったらそもそも結婚なんてしなかったと思うし。

 

3回の結婚の中、ただただボーっと過ごしてたわけではなく、それなりに「結婚とは何ぞや?」ということを考えた。

めっちゃ考えた。

かなり深いところまで。

その上で今は結婚には何の価値もないな…と思うようになった。

これから先の人生で結婚に価値を感じることは二度とないだろう。

 

だからといって今結婚生活を送っている人とか、これから結婚する人を否定する気は1ミリもない。

 

もし。

友達とかこどもたちが結婚するというなら、それはすごくおめでたいことだし、心の底から祝福したい。

 

心から祝福したいという気持ちがあるということは、僕自身価値を感じてた時期があったからなんだろうなと思う。

 

じゃあ僕は結婚のどこに価値を感じていたのだろう?

 

結婚はステータス

 

結婚はある種のステータスになる。

 

世の中では「結婚=ゴールイン」と表現されるように、人生の目標みたいな感じで捉えられることが多い。#結婚はゲートイン

 

結婚して家庭を持って、こどもを作ることが人生において重要視される傾向にある。

 

だから結婚してることが「落ち着いてる」とか「大人の人間としてみられる」要因にもなったりする。

 

逆に言えば、結婚してないことで侮蔑的な扱いを受けることもある。

 

そういう「ステータス」にもなるのが結婚で、そこに価値を感じる人は一定数いらっしゃる。

 

僕自身も高校生の頃、結婚願望が強くあった。

その当時つきあってた女の子に「2年後つきあってたら結婚しよう」とか言ったりしてた。#卒業間近の時期

 

その背景には「とっとと大人になりたい」という気持ちと、まわりの人間をあっと言わせたい、みたいな邪な気持ちが確実にあった。

 

そしてその願望は半年後、同棲生活の終わりとともにあえなく散る。

 

間違いなくその当時の僕は結婚というものに「価値」を感じてた。

 

それは「その人と一緒にいたい」とか、そういった自分の気持ちではなく、完全に自分以外の人間を意識したものでしかなかった。

 

そんな感じで「結婚=ステータス」みたいに捉えてる人が多いんじゃないかな、と思う今日この頃。

 

家族付き合いが濃密に

 

結婚するということは同棲するのとはわけが違う。

それも人によってそれぞれ価値観はあると思うのだけど、一般的な価値観でいうとそんな感じの考え方が多い。

 

何が大きく違うか?というと、相手の家族とか親族との関わりが非常に濃密なものになる点。

 

相手の兄弟の結婚式、親族の方のお葬式、お盆とかお正月などの家族の集まり…などなど、家族が集まる時には参加しないといけない。

 

いけないという決まりはないんだけど、参加してないといざという時に気まずくなったりすることもあったりして、どうしても自分の思い通りにはいかない場面もある。

 

同棲も結婚も「一緒に生活をする」という点では変わらない。

だけど結婚となると、同棲にはない"モノ"がいろいろついてくる。

 

それをめんどくさいととるか楽しいととるかはその人次第。

僕自身はそういう意味では恵まれてた方なので、特に煩わしく感じることはなかった。

むしろ、兄妹のこども同士がワチャワチャ遊んだりしてる姿をみたいという願望があって、そこに価値を感じていたんだろう。

それは僕自身、幼少期にいとこ同士で集まって遊んでるのが楽しかった記憶があるから。僕は兄妹仲がわりといい方で、その願望が果たせる状況にあった。そして実際に果たせたことは幸せなことだな、と思う。

 

 

極論、同棲だろうが結婚だろうが家族との付き合いはあっても何ら不思議ではない。

そしてそうやってつながった人といろんなことを共有したりして、自分の世界観が広がったりもする。仕事が増えたりとか。趣味の幅が広がったりとか。

 

だけど「結婚とはそういうものだ」的な風潮が強くて、それを強要してくる人もいる。

中にはそういうのがイヤで「結婚なんてコリゴリ」って人もいる。

 

法律で守られる

 

結婚することの大きなイベントはなんといっても「籍を入れる」ことだろう。

 

籍を入れると法律的にも"家族"になる。

苗字は同じになり、税金とか保険とか、その他病気とかで部屋に入れるのも公的な家族になれば優遇される場面はたくさんある。

 

夫婦別姓婚なんてのも囁かれてるけど、現状ではそれは法律では認められてないから、結婚して夫婦になるということはどちらかの姓にならないといけない。

 

なのでたとえばこどもができたりするとこどももまとめて同じ苗字になる。

 

お父さんもお母さんも、兄弟姉妹がいれば兄弟姉妹もみんな同じ苗字だ。

 

それだけで「家族」という感じがしてたこどもの頃のフワッとした記憶がある。

 

たぶんそんな記憶から「家族を作りたい」という願望につながり、イコール結婚ってなり、僕の中での結婚の価値は爆上がりした。

 

法律は人間が決めたルールで、全国民がおおよそのことは把握してる。

籍を入れるということは、法律で認められた関係ということになり、当人同士、家族、知人友人たちの意識も変わって、正式に「夫婦」という烙印を押される。

 

こんな感じで結婚することによって得られるものは非常に多くて、それに憧れて結婚を望む人が多くいるのも事実だ。

 

そしてここからが本題。

 

結婚しなくても家庭は作れる

 

結婚の本質はこどもを作って、その親がふたりで育てること。

 

多くの場合、母親が主体で育てることが多い。

母親の体の中で24時間、約10ヶ月もの間ずーっと共に生活してたのもあるし、外に出てからは母親の母乳を飲むしで、そりゃー母親が適任だ。

 

ほとんどの哺乳類がその形態をとってるのはそれがいちばん効率的だし、そうじゃないとできないからなのではないかと思われる。

競走馬なんかは父親は種を付けるだけで後は知らん顔。子育ては母親が全部やる。#中には夫婦で子育てをする動物もいる

 

その中でも人間の赤ちゃんはとにかく手がかかる。

 

赤ちゃんはひとりではホントに何もできない無能極まりない生き物である。

 

食事をとることはおろか、立つことも座ることも寝返りさえもできない。

 

すべてのことにおいて介護が必要で、放っておけば2~3日もあれば確実に命を落としてしまう。

 

ミルクをあげたり排泄を処理したり。

寝かしつけたり。

ミルクを飲んだ後のゲップすらも背中をポンポン叩いてもらわないとできないほどの無能っぷり。

 

唯一、寝るのだけは自分ひとりでもできる。

ただ、それすらも暑かったり体勢が悪かったりして機嫌が悪くなるとなかなか寝付けずに泣く。

 

ギャーギャー泣きわめけばまわりの人間が何とかしてくれる。

 

ホントに無能だ。

 

そんな無能の赤ちゃんを育てるにはかなりの時間と労力を割かないといけない。

 

仕事はおろか、家事すらもままならない状態になる。

 

自分が手を出さなくても仕事が回るような立場の人間ならまだ大丈夫かもしれないけど、ほとんどの場合はそうじゃない。

 

だから子育てはひとりよりも複数人いた方が効率がいいし、精神的にも負担が少ない。

 

大昔から人間はそうやって子育てをして種を繁栄させてきた。

 

原始時代なんかは、母親が子育てをして父親は狩りに出かけて肉を採ったり、果物とか野菜なんかを採ってきたりして家族を支えてた。#それが真実かはさておき

 

形だけみれば現代となんら変わらない。

 

そんな中、結婚という制度が初めてできたのはおよそ4000年前。

 

人類の歴史はおよそ30万年。

 

結婚という制度があろうがなかろうがこどもを作って家庭を作ることができたからこそ、僕らは今こうしてホゲーっとして生きてられる。

 

その事実に気づいた時、僕の中での結婚というものの価値は大暴落した。

 

でもほとんどの人は結婚をゴールインと表現し、すごく価値のあるものとして闇雲に追いかける。

結婚という制度そのものにとらわれてしまって本質を見失ってる。

だからスペックとか外見だけで判断して好きでもない相手と結婚してしまう。

そして結婚した後は夫婦間の思いやりなどなくなり、口から出るのはお互いの愚痴ばかりで何のために共に生活してるのかわからない。

 

嫌ならさっさと離婚すればいいのにそれもしない。

 

もっとひどいのは政略結婚だ。

 

昔はそんなのばっかりだった。

戦国時代とか。

江戸時代とか。

結婚は家と家の結び付きの方が大事で、当人同士の関係性など二の次三の次で超絶後回し。

しかも家同士の結び付きの方が優先されるから離婚したくてもかなり難しい。

ホントに好きな人と結婚して幸せな人生を送った人がいったいどれぐらいいるんだろう?…と胸がザワザワしてくる。

 

現代は個人の意志が尊重されるような体制は整ってはいるけど、いまだにやっぱり結婚という制度そのものにこだわって自分を見失ってる人は多い。

好きな人同士で結婚したにもかかわらず"結婚"という「鎧」を纏ったがゆえに、相手を大事にすることを蔑ろにして自分勝手な振る舞いをする人間もたくさんいらっしゃる。

結婚した途端、人間が変わって嫁を家政婦扱いする男とか。逆も然り。

 

極論。

結婚してもしなくてもお互いが"人として"思いやることの方が大切で、そこには男も女も関係ない。

たまたま性別が違うだけの人同士が一緒に住んだり共に生活をする。

それは並大抵のことではできない。

なんせ今まで全然違うスタイルで生活をしてきたのだから。

相手を思いやる気持ちが常にないとそれは成立しないし、継続するには常に自分を磨いてないとできない。

結婚してそれがなくなってしまう人たちをたくさんみてきたからこそ、形だけの結婚なんて何の意味も持たないという価値観になった。

 

本来の結婚とは、人と人が常に思い合い「"死"がふたりを分かつまで」って思えるぐらい、お互いが己を磨き続ける努力をすることなんじゃないかな。

 

ご清聴ありがとうございました。

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