おはようございます。
こども食堂【虎吉】店主・高木のひとりごとです。
本日のテーマは『日本のヒップホップがなぜダサいのか考えてみた』。
日本のヒップホップがダサい!
全然響いてこない!
洋楽邦楽問わずヒップホップを聴いたけど、日本のヒップホップだけがすごくチープなものに聴こえる。
なぜなのか???
結論、日本のヒップホップは英語をマネしてるだけだからダサいと感じるんだ、という答えにたどり着いた。
日本のヒップホップをカッコイイと感じてる人はここでこのページを閉じてもろて。
音楽は人それぞれ感じ方が違う
大前提として、音楽を「良い悪い」と感じるのは人それぞれ感覚が全然違う。
10人いれば10人がそれぞれの意見を持ってる。
僕が日本のヒップホップをダサいと感じるのはあくまで僕の超個人的な偏見によるもの。
カッコイイと感じる人もたくさんいる。
だからこそYouTubeで再生回数が1000万を超えてたり、日本のヒップホップのアーティストが武道館でライブをやったりもする。
それを否定したいという気持ちは1ミリもない。
ただ、同じように日本のヒップホップをダサいと感じる人もたくさんいるから、そんな人に対して「こんなん考えてみたけどどないでっか?」と一石を投じてみたい。
聴き方の問題???
僕はこども食堂の活動の一環として中学生ラッパーのZIPPOの音楽を作っている。
ZIPPOはヒップホップが大好きなので、ZIPPOがカッコイイと思える音楽を作らないと何も始まらない。
それまであんまりヒップホップを進んで聴くことがなかったから、いろんなヒップホップを聴いた。
洋楽邦楽問わず。
ヒップホップのルーツが知りたくてヒップホップの歴史を勉強したりもした。
日本のヒップホップもたくさん聴いたけど、どれもこれも似たようなものばっかりで全然響いてこない。
だけど、ZIPPOは日本のヒップホップがカッコイイと大はしゃぎ。
その時に「このリリック(歌詞)めっちゃカッコイイ!」という言い方をする。
僕は音楽を聴く時、真っ先に歌詞を聴くことはしない。
全体的にフワッと聴いて、それで「あ、この曲いいな」と思ったら、それぞれの楽器を細かく聴いてみたりする。
そこではじめて歌詞にも意識が飛んで、読んでみたりする。
なので、洋楽でも邦楽でも、まず全体の雰囲気がいいと思わないと歌を聴くまでには至らない。
その聴き方がマズイのかな?と考えて、ヒップホップを聴く時はちょっとモードを変えて歌をメインに聴くようにした。
それでもやっぱり日本のヒップホップはダサいと感じてしまう。
結局響いてこないものはどんな聴き方をしようが響いてこないんだ、と改めて認識するだけだった。
マネをしたものだから?
ヒップホップは世の中にある音楽をサンプリングしたものが多い。
これはそもそものヒップホップの始まりが、ブラックミュージックのレコードをかけて、その曲の間奏の部分にラップを乗せたものだった、という歴史があるからと思われる。
日本のヒップホップもその文化を踏襲していて、すでにある曲をサンプリングしたものがたくさんある。
その文化がダサいのだろうか?と考えた。
だけど、それならロック、パンク、ブルース、ファンク、ジャズ、R&B、クラシック、あらゆる音楽のジャンルでも同じことが言える。
だけど、ヒップホップ以外の音楽でそんなことを感じたことがないし、本場のヒップホップに対してダサいと感じたことがない。日本語のヒップホップだけ。
そもそも音楽はマネをするのが当たり前のもの。
音の数が12個しかない。オクターブが変われば増えるけど、それでも100もない。
その中でも使える音は音階の問題とかもあって、かなり限られてくるので、曲が似たような感じになる、というのが必ず出てくる。
コード進行だけで考えたら同じ曲は数えきれないほどある。
中には完全にパクリやん!って曲もたくさんある。
その限られた範囲の中で自分らしさをどう表現していくかが音楽の醍醐味でもある。
なので、マネをすることが原因というわけではなさそう。
むしろマネをするところから入って、そこから少しずつオリジナリティは出てくるもの。
日本のヒップホップだけがダサいと感じる奇妙な現象が起きている。
ラップが気持ち悪い?
日本語のラップがダサいと感じるのだろうか?とか考えてみた。
歌以外のところに原因をなすりつけようとしてみたけど、どうもそうじゃないっぽくて、歌に原因がありそう。
日本語のラップそのものがダサいと感じるんだろうか?
だけどそれも腑に落ちない。
ラップはメロディを必要とせず、似た言葉や語尾が同じ言葉を繰り返す「韻を踏む(rhyme)」が特徴のただのひとつの歌唱法。
日本語のラップでカッコイイと感じるものはたくさんある。
なのでラップという歌唱法には罪はない。
英語のマネごと
ある日、ラジオを聴いてたらたまたま日本人のヒップホップの曲が流れてきた。
どこの誰かもどんな曲だったかも全然覚えてないけど、歌詞が英語みたいに聴こえて、一瞬洋楽なのかなー?と思った。
でもよく聴いてみたら思いっきり日本語の歌詞で、その瞬間ハッとした。
日本のヒップホップがダサいと感じる原因はココだ、と。
日本のヒップホップは本場のヒップホップの表面をマネしてるだけで、魂そのものをマネしてるんじゃないんだ、と。
音楽の世界でマネをすることは当たり前のこと。
さっきも言ったけど、まずはマネから入って、そこからオリジナリティが出てくる。
だからマネをすることそのものはすごくいいことなんだけど、日本のヒップホップの多くは発音とかイントネーションとかが英語のヒップホップみたいになってて、そこに無理やり日本語を乗せてるような感じになってる。
hey-yo
とか
チェケラ
とか言うてもーてるし。
日本人なのに変に英語かぶれみたいなことになってるからダサいんだ、と。
事実、日本のヒップホップでアメリカのヒップホップの曲のビート(バックトラック)をそのまんま使ってるやつもたくさんいるし。
なんならサビのメロディもそのまま使って、歌詞だけ変えてるってのもある。
サンプリングという枠を超越してもはや「パクリ」である。
しかもそれでヒップホップとはあーだこーだと偉そうに語ってやがる。
あの人たちにはプライドというものがないのかしら。
百歩譲って。
リスペクトしてるからビートをそのまんま使うっていうのはアリかなと思うけど、そのリスペクトをまったく感じない。
むしろ冒涜すら感じる。
なんなら日本語に対してのリスペクトもまったく感じない。
日本人なのに。
日本にもラップというか、韻を踏む文化があった。
平安時代とかそれぐらい。
今から1000年以上も大昔のこと。
ヒップホップよりもはるかに深い歴史があるにはある。
それはラップとはあんまり関係ないかもしれないけど、日本語は本来美しくて奥ゆかしいもののはずなのに、それがまったく生かされていない。
日本語すら冒涜してるようにも感じる。
だから日本のヒップホップはダサいって感じるんだ。
そこに魂なんか1ミリもこもってやしない。
魂がこもってないって感じる根源はそこだったんだ、と。
だからヒップホップごっこなんだ、と。
やっとスッキリした。
ご清聴ありがとうございました。
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